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第11話 万能執事の昔語り

 ウォルフさんの部屋は、思ったより近かった。

 ……ううん。近いって言うか、すぐ隣だった。


 一部屋一部屋が広いから、小さめのアパートやマンションみたいに、数歩歩けば隣の部屋――って感じではなかったにしても、ちょっと拍子抜けしちゃった。


 うちの城では、セバスチャンとかメイドさんとかの部屋は結構離れてるから、意外だったってゆーのもあるけど。


「もともと、私共のような『神の恩恵を受けし者』は、その希少性から、優遇していただける場合が多いのですが……。私の場合は、事情が事情ですので、いつ何時(なんどき)、何事が起こったとしても、即座にギルフォード様の元へ駆けつけられるよう、特別に、隣の部屋を使用させていただいているのです。他の者達は、離れにそれぞれ部屋がございます」

「……あ……。そう、なんだ……。ギルが何度も命を狙われてるから、それで……」



 理由を聞いてみると、なんだか切ないな……。

 常に気を張ってなきゃいけないくらい、ギルの周りは危険でいっぱいだったってことだもんね……。



 寝室のベッドで眠っているシリルを見舞ってから、私は、さっき受け取ったクッキーをテーブルの上に載せ、もそもそと遅めの朝食をとっていた。


 ウォルフさんの部屋の家具は、ギルの部屋にあるものよりはシンプルで、小振りなものが多かったけど、どれも落ち着いた色合いで品が良く、ウォルフさんのイメージと合っている気がした。


 正直、ギルの部屋とかうちの城の自分の部屋なんかよりも、よっぽど落ち着く。


 ……実は、未だに『広い部屋』とか『豪華な調度品』とか、慣れないんだよねぇ。

 あっちの世界での自分の部屋は、これでも女の子の部屋かと思っちゃうくらい、シンプルだったし、ごくごく一般的なサラリーマン家庭が持てる程度の家に、子供にあてがわれる程度の部屋(六畳くらいだったかな?)で、十年も暮らしてたんだから、なかなか馴染めないのも、無理ないと思うんだけど。


 ――っとまあ、それはともかく。


 シリルの容体は、予想以上に良いそうで、昨夜も少しだけ目を覚まし、ほんの僅かな水を口に含んだ後、また眠ってしまったそうだ。

 確かに、さっきちらっと見た感じでは顔色もよくなってたし、ウォルフさんは『数日後には普段通りの状態に戻ることが出来るでしょう』って言ってたから、シリルの方は、もう心配いらないだろう。


 でも、それに比べてギルは――って、また考え始めちゃって、暗く沈み込む私の前に、一客のティーカップが、そっと差し出された。


「どうか、そのようなお顔をなさらないでください。ギルフォード様が悲しまれます。あのお方は、リナリア様の笑顔に支えられて……今まで、生きていらしたのですから」

「――え? 私の笑顔に、支えられて……? 今まで、って……」


 私がギルと初めて会った日から、まだそれほど月日は経ってない。

 それなのに、『今まで』っていう言い方は……まるで、かなり昔から、私の笑顔が、ギルの支えになってたって風にも聞こえて、どうにも解せなかった。


 するとウォルフさんは、少しだけ目を細め、


「はい。『今まで』でございます。我が君は――ギルフォード様は、幼き日にあなた様に出会ったその瞬間から、御身だけを心の支えとしておられました。幼き姫の明るい笑顔を、暗闇を照らし出す眩い陽の光のように、感じていらしたのです」

「……幼い頃の……私……?」



 そう言えば――ギルは一度だけ、六歳の頃の私を、見たことがあるって言ってたっけ……。



「ギルフォード様は、九つの頃……あの辛い事件に遭われた日から、すっかり、お心を閉ざしておしまいになられました。何をご覧になられても、お聞きになられても、反応をお示しにならず……(うつ)ろな日々を送っておいででした。本来のギルフォード様は、とても明るく、活発でいらっしゃいましたので、人が変わってしまったようだと、周囲の者達は心を痛め、心配していたのです。しかし……結局、我らにはどうすることも出来ず、途方に暮れておりました。それが、ある日――婚約者がいると国王陛下から知らされたとおっしゃいまして、久し振りに、明るいお顔をお見せになられまして。私に『会いに行きたい。どうすればいい?』と、相談しにいらっしゃったのです」

「あ、それ……前にちらっとだけ、聞いたことあります。最初は反対されたけど、根気よく説得したら、協力してくれたとかなんとか……」

「はい。お命を狙われてから、まだ一年も経っていない頃でしたので、お一人で城を抜け出すなど、危険極まりないと、必死にお止め致しました。ですが、ギルフォード様のご決意は固く――このままでは、強引に決行なさってしまわれるだろうと思いましたので、仕方なく、承諾(しょうだく)差し上げた次第でございます」



 ……うん。

 確かギルも言ってた。『たとえ反対され続けていたとしても、どうにかして実行していただろう』って。


 聞いた時は、『王子(しかもまだ子供)が、たった一人で城抜け出すなんて』……って、驚いた上に呆れもしたけど……。



「まあ、お一人とは申しましても、私の仲間に終始見張らせておりましたし、もしもの時はお助けせよと、命じておりましたので……。言うほどに、心配などはしておりませんでしたが」

「え? 仲間って……。あ、そっか!」



『私は側にいる同族を味方にし、使役出来る能力がございますので』



 セバスチャン、そう言ってたっけ。『神の恩恵を受けし者』が、みんな具えてる能力なんだって。


 じゃあギルは、狼さん達にずっと見守られて……。


 ……うん、そりゃー心強いわ。

 狼さん達なら、万が一襲われてたとしても、立派に戦ってくれてただろうし。



 納得してうなずくと、ウォルフさんもそれに応えるようにうなずき返し、


「そういうことで、襲われた時の心配はさほどせずに済んだのですが……。ただ、あのような不幸があった後でしたし、ずっと(ふさ)ぎ込んでおられましたので、お心持ちの方が、気掛かりでなりませんでした。……しかし、驚いたことに、姫様の元からお帰りになられた時には、以前のようなギルフォード様に戻っておいでだったのです。とても明るく、すっきりとしたお顔をなさり――『あの子となら、私も幸せになれるかもしれない』とおっしゃった後、にこりとお笑いになられて……。ああ、その時のたとえようのない幸福な感情を、リナリア様にもおわかりいただけますでしょうか? ずっと暗い顔で沈み込み、笑うことさえお忘れになられたかのようだったギルフォード様が、再び笑ってくださったのです。私は、一度もお会いしたことのない、その小さな姫君に、心から感謝致しました」


 ウォルフさんはその時のことを思い出してでもいるのか、胸元に片手を当て、静かに目を閉じ、しばらくの間沈黙していた。

 私がボーっと見守ってると、彼は再び目を開けて、優しい眼差しでこちらを見やり。


「リナリア様。あなた様は、ギルフォード様に、再び光を与えてくださった恩人です。そして私にとりましても、我が主に、再び笑顔を取り戻すきっかけを与えてくださった、恩人でございます。……感謝しております。あなた様は、我が主にとりましても、私にとりましても……かけがえのないお方なのです」

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