第10話 万能執事のお得な瞳?
ウォルフさんの胸は熱いくらいに温かくて、凍てついた心まで溶かしてくれそうな気がした。
そのお陰で、私は徐々に落ち着きを取り戻し、顔を上げようとしたとたん、
きゅるるるる――。
というお腹の音が、しんとした室内に響き渡り……あまりの恥ずかしさに、『穴があったら入りたい――!』と心底思った。
「これは――私としたことが、すっかり失念しておりました。リナリア様にご朝食をと思い、お捜ししておりましたのに……」
ウォルフさんはそう言って体を離すと、懐から何やら取り出し、私の前にそっと差し出す。
「……え? ウォルフさん、これって……?」
ウォルフさんの手のひらには、白いハンカチで包まれた、正方形っぽい物体が載っている。彼がそれを開くと、スティックタイプのクッキー(?)が、幾つか並んで現れた。
「ギルフォード様がお目覚めになられない状態では、普段通りに朝食を用意することもかないませんので、このようなものしかお作りすることが出来ませんでした。昼食にはもう少々、食事らしいものをお持ち致しますので――申し訳ございませんが、今朝はこれだけでご辛抱ください」
ウォルフさんから包みを受け取り、ふるふると首を横に振る。
「ううん。ウォルフさん忙しいのに、気を遣ってもらっちゃってごめんなさい。これで充分だよ。それに、昨夜ウォルフさんが作ってくれたお菓子、とっても美味しかったから、これも食べるの楽しみだなぁ」
「……恐縮です。お飲み物は、私の部屋に用意してございます。フレデリック様は、当分こちらにはお姿をお見せになられないと思いますので、今のうちに参りましょう」
「――え? 当分姿を現さないって……どーしてそんなことわかるの?」
首を傾げる私に、ウォルフさんはこくりとうなずいてみせてから、
「フレデリック様には、あるお願いをして参りましたので……。その用事がお済みになられるまでは、お戻りにはならないでしょう」
「お願い? お願いなんて、よく大人しく聞いてくれたね。……あのフレデリックさんが」
『お願いだと? 執事の分際で、よくもそんな生意気なことが言えたものだな!』
……とかなんとか、言いそうだけどな。彼なら。
「ギルフォード様をお救いするためには、どうしても必要なことなのです――とお伝えしましたら、素直に受け入れてくださいました」
……あ、なるほど。そう言われちゃったら、絶対断れないよね。極度のブラコンだもん。
さっすがウォルフさん。ギルのみならず、フレデリックさんの操縦方法まで、よく心得てる……。
尊敬の眼差しを向けると、彼はフッと微笑んだ……ような気がした。
表情は相変わらず読み取れないんだけど、なんとなく……。
そしてもうひとつ。私はあることに気付き、目をパチクリさせ、思わずその言葉を口にしていた。
「あれ?……ウォルフさん、その目――」
今まで気付かなかったのが不思議なくらいだった。
ウォルフさんの目は、右と左で瞳の色が違ってる。右がライトブルーで、左がターコイズ――かな? グリーンに近いブルーとゆーか……。
こーゆーの、確か『オッドアイ』ってゆーんだよね?
「すごく綺麗だね。オッドアイなんてカッコいい! なんで今まで気付かなかったんだろ?」
オッドアイの人に会うのなんて初めてだったから、うっとりと見入ってしまう。
ウォルフさんは少しだけ首を傾けると、不思議そうに私を見つめた。
「カッコいい、ですか……? そのようにおっしゃってくださったのは、リナリア様が初めてです。左右で瞳の色が違うなど……どちらかと申しますと、気味悪く思われるのですが」
「気味悪がられる?――なんで? そんなに素敵なのに?」
「素敵……でございますか?……リナリア様は、こう申しては失礼に当たるかも知れませんが……少々、変わっておいでですね」
「えっ、どーしてっ!? そんなことないよ! 素敵なものは素敵だもん!……だって、考えてもみてよ。瞳に、綺麗な色が右と左で、二色も割り当てられてるんだよ? 一色しかないより、絶対お得じゃない!」
ムキになって言い返すと、ウォルフさんは少しの間沈黙して……それから急に、回れ右するみたいにして、思いっ切りこちらに背を向けた。
「うぉ――……ウォルフ、さん?」
どうしたんだろうと見守ってると、彼の肩が小刻みに震えてるのが目に留まり――その瞬間、ある疑いが心に浮かんだ。
まさか……もしかして、笑われてるっ!?
そんな、ウォルフさんに限って……とは思ったけど、どー考えても、そーゆー風にしか思えない。
私はちょっとムッとしながら、彼の背中に問い掛けた。
「ウォルフさん?……もしかして……笑ってるんです、か?」
彼はびくっと肩を上げ、再び微かに肩を震わせると……少し間を置いてから、何食わぬ様子でこちらに向き直った。
「いいえ。まさかそのような……。笑うだなどと、滅相もないことでございます」
「……ホントに?」
私の疑惑の視線を悠々と受け止め、ウォルフさんはすっかりいつもの調子に戻り、飄々と返す。
「はい。もちろんですとも。私が、リナリア様の発言を笑うだなどと……。もしも私が、そのような無礼を働いたと疑っていらっしゃるのでしたら、少々、心外でございます」
「えっ?……あ、いえ……。べっ、べつに、ハッキリと疑ってるワケじゃ……」
限りなく怪しいけど、こうまで堂々としてられると、強く言い張ることも出来ず、私はしどろもどろになってしまった。
「さようでございますか。わかってくださればよろしいのです。それよりも――ご空腹でいらっしゃるのでしょう? 飲み物も冷めてしまいますし、早急に私の部屋へ参りましょう」
ウォルフさんは片手を胸に当て、もう片方の手を私に差し出し、エスコートの意思を示した。
……なんか、体よくあしらわれてる気がするなぁ……。
そんな気はしたけど、ギルさえ子供扱いしちゃってるような人相手に、勝負を挑んだところで勝てるはずもない。
私は大人しくうなずき、なんとなく曖昧な笑みなんか浮かべちゃったりして……どこか緊張しながらも、彼の手を取った。