第6話 悲しい過去
……ダメだ……。
フレデリックさんと会ってからとゆーもの、ため息ばっかりついてる気がする。
困った王子様だけど、ギルの弟でもあるワケだし……もうちょっと、仲良くなれるように頑張っとかなきゃ、後々困ったことになるよね。
そうやって自分に言い聞かせ、とりあえず事を先に進めようと、木の上から声を張り上げた。
「フレデリック様っ! それで、この後どうすればいいんですかーーーっ?」
彼はハッと顔を上げ、
「そ、そうだな。女のおまえでも飛び移れるのだから、やはり、そこから城内に侵入しようとしたと考えられるか……。よし! 確認出来たし、おまえもこっちに戻っていいぞ!」
も、戻っていいぞと言われても。
そんな簡単に……。
「じゃ、じゃあ……飛び下りますから、また顔背けててくださいっ! 今度はホントに、いいって言うまで、こっち向かないでくださいねっ?」
「な…っ! あ、当たり前だッ!! おまえは僕を愚弄するつもりかッ!? 無礼なことを言うなッ!!」
ムッとしたように言い返すと、今度は体ごと後ろを向く。
……だから、恥ずかしいとこ見られたのはこっちなのに、どーして怒られなきゃいけないのよ?
内心そう思いながら、『ダメダメ。ムッとしちゃダメ。ギルの弟さん、ギルの弟さん、ギルの弟さん……』と心を静めるため、呪文のように繰り返す。
そして落ち着いてから、通路へと目をやり、飛び下りる場所を探した。
通路は石で出来てるから、飛び下りた時の衝撃は、結構キツそうだけど……。
ぐずぐずしてたら、また何を言われるかわからないしなぁ。
――うん。大丈夫。
きっと出来る!
私は、鉄棒をつかむ要領で枝に手を掛けると、両足をバネのように屈伸させて、勢いをつけて踏み切り、再び、大車輪に入る前みたいに、数回体を揺らせてから、通路へと飛び移った。
「――ッ!」
予想通り、衝撃がもろに足に来て、思わず顔がゆがむ。
「サクラっ? もうこちらに戻ったのか?」
下り立った時の音で気付いたのか、すかさずフレデリックさんに呼び掛けられ、
「は……はい。もう、こっちを向いても……大丈夫、ですよ」
ジンジンとしびれる足をさすりながら、痛みを堪えて答えた。
「よし。よくやった。おまえは女のクセに、意外と役に立つようだな。褒めておいてやる」
「……は、はぁ……。あ――アリガトウ、ゴザイマス……」
ああ、ダメ。どーしても笑顔が引きつっちゃう。
……でも、我慢我慢。
この人はギルの弟、ギルの弟。……ギルの弟なんだから!
「賊は、ここから城内に侵入しようとしたところを、兄上に発見され、切り結ぶ形となった。その結果、兄上に重傷を負わせ、誰にも姿を見られることなく、素早く城外へと逃亡した――ということなのだろうか?」
私の引きつり笑いも意に介することなく、考え込むように腕組みし、フレデリックさんは首をかしげた。
「しかし、どうにも解せないな。兄上ほどの剣の達人が、突然襲われたからといって、一方的に傷付けられただけだなんて、とうてい信じられない。賊が複数いたというのであれば、話は別だが、この城の警備は厳重だ。それらをくぐり抜け、複数の賊が、誰にも姿を見られることなく侵入に成功したとすると……考えたくはないが、この城の内部に裏切り者がいて、そいつか、または、そいつが手引きした者達が、兄上を襲った――ということになるのか……」
「内部の、裏切り者……」
つぶやくと、私はフレデリックさんの顔を、注意深く観察した。
フレデリックさんは、ギルのお母様をメイドに殺させたのが、自分の母親かも知れないってこと、知ってるのかな?
ギルが九歳の時の事件なんだから、フレデリックさんは、まだ小さかったろうし……。
もしかしたら、聞かされてないってことも、あり得るのかも知れない。
……でも、それをどうやって確かめたらいいんだろう?
直接本人に、『あなたのお母様がギルのお母様を毒殺したかも知れないって話、ご存じですか?』なんて、訊けるワケないし……。
それに、もし知ってたとして、フレデリックさんは、今回のことをどう考えてるのかな?
今回のことにも、お母様が絡んでるかも……なんてことは、思ってたりしないんだろうか?
ギルは、今までに四度も、命を狙われてるってことだったけど、それについてはどうなんだろう?
――その全てに、フレデリックさんのお母様が関わってたとしたら――。
あ~、行動開始する前に、その辺りのこともっと詳しく、ウォルフさんに訊いておけばよかった~~~。失敗したなぁ……。
そうやってつらつらと考えてたら、フレデリックさんが気付いて、
「おい。さっきから、人の顔じーっと見つめたまま黙り込んで、いったいどういうつもりだ? 僕が、兄上のために、必死に考えを巡らせているっていうのに、おまえは何の意見もないのか?」
などと、文句を言い始めた。
「あ、いえ……。意見がないワケではないのですが。ただ……私のような、学もない下賤の者が、フレデリック様に意見を言うなどと、恐れ多くて……」
「なんだ? 何かあるなら言え。僕が許す」
「は、はい。それでは――」
どっちみち、確かめとかないと、先に進めないんだし……。
すごくデリケートな問題だから、緊張するけど。
やっぱりここは、思い切って訊くしかないよね!