第4話 ブラコン決定?
ああ……。
まさか、フレデリックさんが、こんな性格の人だったなんて……。
ギルはフェミニストって感じだけど……この人ってば、もしかして、正反対だったりするのかしら?
だとしたら、かなりマズイ役割を、受け入れちゃったことになる、よね……?
「おい、もう頭を上げていいぞ。早速、行動開始だ!」
え……?
行動開始?
そろそろと顔を上げると、フレデリックさんは、腕組みして私を見下ろしていた。鋭い視線を向けながら、素っ気なく訊ねる。
「メイド。おまえ、名はなんと言う?」
「……は? 名前……ですか?」
「そうだ。ずっと『メイド』と呼んでいるのもなんだしな。おまえの名を告げてみろ」
「はっ、はい。……え……っと……」
……どーしよう?
本名を名乗るワケにも……。
でも、偽名なんて……そんなすぐには思い浮かばないし……。
「おい! おまえには名がないのか? 名無しかっ?」
「いっ、いえっ! 違いますっ!!……あの……えっと、私の名前は――」
……仕方ない。
こうなったら、もう一度あの名前を――。
「……桜。サクラ、と申します」
久し振りに、この名を口にした。
そんなに時が経ってるワケじゃないのに、なんだかすごく懐かしい……。
「サクラ?……変わった名だな。この国の名ではないみたいだ」
「あ……はい。母が他国の者ですので……」
ホントは、両親共に、違う国の人だけど……ね。
「ふぅん。……おまえもか」
「え? おまえもか、って……?」
きょとんとする私に、フレデリックさんは、訝しげに顔をしかめ、面倒そうに言い放つ。
「兄上の母――セレスティーナ様も、他国の方だったじゃないか。おまえ、兄上に憧れているクセに、そんなことも知らないのか?」
「――は?……憧れている……?」
私が、ギルに――?
「違うのか? 兄上が倒れていた場所で、震えながら何やらつぶやいていたようだったから……密かに、兄上に想いを寄せているのかと思ったんだが」
「――う――」
顔色を変える私を、ちらりと横目で見やり、フレデリックさんは、何故か、勝ち誇ったようにフッと笑った。
「まあ、どんなに想いを寄せようが、兄上が、おまえのような下賤な者を、相手にする訳がない。さっさと諦めた方が身のためだぞ。……兄上は、どうやら、隣国のリナリアとかいう姫に、すっかり参っておしまいになられたようだしな……」
「え…っ?」
いきなり自分の名前が出たものだから、つい、声を上げてしまった。
すると、フレデリックさんは、すごく機嫌が悪そうな顔つきになって、
「まったく、兄上ほどのお方が、何故、あのような辛気臭い女をお気に召してしまわれたのか、さっぱりわからない。『ザックスに行くから、後を頼む』と飛び出して行ってしまわれた時も、僕はてっきり、婚約解消を、正式に申し入れに行くのだとばかり思っていたのに。戻って来てからの兄上は、婚約解消どころか、改めて求婚して来たなどと、信じられないことをおっしゃって……。まったく。あんな陰気な女の、どこがいいっていうんだ!? 兄上だって、今までは渋々付き合っておられるように見えたのに……。急に『リアが』『リアが』って、あの幽霊みたいに精気のない姫のことばかり、口にされるようになってしまった。……あの女……何か得体の知れない魔術やまじないでも、兄上にお掛けしたんじゃあるまいな? でなければ、絶対おかしい! あんな女に、兄上が夢中になってしまわれるだなんて、あり得ないことだ!!」
などと、散々なことを言い始め……。
「僕は断固認めないぞ! どう考えても、兄上には、あんなしみったれた姫なんて、釣り合うはずがないんだ!! 兄上ほどのお方には、もっと美しくて、華やかで、聡明で――それでいて、品が良くて可憐な……とにかくっ、非の打ちどころのない女性が、お似合いになるに決まっているのだからっ!!」
うわー……。
なんだかわからないけど、私、すっごく嫌われてる……?
でも、『辛気臭い』とか『陰気』とか『幽霊みたいに精気のない』とかって……もしかして、桜さんのこと?
……うん。だよね。
私はここに来てから、フレデリックさんにお会いしたワケだし……評される機会があったとするなら、やっぱり、桜さんの方なんじゃないかと……。
う~ん……。
それにしても、ひどい言われようだなぁ。
私だって、直接桜さんに会ったことはないし、彼女について知ってることなんて、ごく僅かしかないんだから、キッパリ断言出来るワケじゃないけど……。
でも、少なくとも、フレデリックさんが言ってるような、マイナスイメージばかりの人じゃない、と……思うんだけどなぁ……。
「あの……フレデリックさ――様、は……リナリア姫に、お会いしたことがあるのですか……?」
恐る恐る訊ねると、彼は、こちらを睨み付けるように振り返り、キッパリと言い切った。
「ああ、あるとも! 一度だけ、遠目からだったが……。確かに、この目で見たぞ!」
……なーんだ。たった一度だけか。
しかも遠目って……どれくらい離れたとこから見たんだろ?
「な、なんだその目は!? たった一度と言えど、しっかりこの目で見たのだから……お、おまえなんかに、あれこれ言われる筋合いはないぞっ!?」
ちょっとうろたえたように、フレデリックさんは顔を赤らめた。
少しだけひるんだ様子は、なんだか意外にも可愛らしくて……私は思わず、くすっと笑ってしまった。
「な――っ、な……! 何がおかしい!? メイドふぜいが、この僕に対して――ぶ、無礼にも程がある!」
ますます真っ赤になって、怒り出してしまった彼に、私は慌てて謝った。
「も、申し訳ございませんっ! フレデリック様が、まるでご自分のことのように、ギル――……ギルフォード様のことを、気にしていらっしゃるご様子でしたので……。仲がおよろしいのだなと、つい……微笑ましく思えてしまいまして」
「あ……当たり前だろう! 僕と兄上は、たった二人きりの兄弟なのだから……。それに、兄上は、誰よりも優れていらっしゃるお方なのだから。兄上ほど尊敬出来、臣下や下々の者にまで慕われ、思いやりに溢れ、頼りになるお方を、僕は他に知らない。兄上こそ、この国の王にふさわしいと――僕は常々思っている。正直に言ってしまえば、今すぐにでも、父上にご退位いただき、兄上に王になっていただきたいくらいだ!」
ちょ…っ、ちょっとちょっとっ!
いくら息子だからって、父親――しかも国王様のことを、そんな風に言っちゃっていーのっ!?
どこで誰が聞いてるかもわからないのに、『ご退位いただき』だなんて、ちょっと軽率すぎるんじゃ……?
ヒヤヒヤして、辺りの様子を窺う私なんてお構いなしで、いかに兄が優れていて、父親が不甲斐ないかという意味合いのことを、とうとうと語るフレデリックさんに、私は閉口していた。
この人、どんだけギルのことが好きなのよ?
……いや。
これはもう、『好き』ってレベルを超えてる気がする。
『崇拝』とか『心酔』とか――そういう類のもんじゃないだろーか?
ここまで兄のことを盲信してる弟に、私、これから……『兄の婚約者』として、認めてもらわなきゃいけないんだ……。
そう考えたら、胃がキリキリと痛むような感覚に襲われた。
なんとなくその辺りをさすりながら、途方に暮れてしまう。
この強力なブラコン相手に、どこまで頑張らなきゃいけないのか……先が全く見えないもやの中に、一人っきりで放り出された気分で、ため息をつくしかないのだった。