第2話 行動開始!
よしっ!
さっさと着替えて犯人捜し出して、ギルにもシリルにも、早く元気になってもらわなくっちゃ。
――うん。頑張るぞっ!
張り切って戦闘服(?)に着替えると、その場でくるりと一回転してみる。
うちの城で働いてくれてる、メイドさん達が着てるのと比べると、この城のメイド服は、ちょっと大人っぽいデザインかも知れない。
黒のくるぶし丈の長袖ワンピースに、肩の辺りに大きめのフリルが付いた、白エプロンに白タイツ、黒の靴。
頭には、カチューシャじゃなくて、ちょこんと乗せてるだけに見えなくもない、白のキャップ。
メイド服の種類なんて、よくわからないけど……たぶん、正統派とか、クラシックスタイルとか……そんな風に言われてる部類の、デザインなんじゃないかな?
さーて。
どこかおかしいところがないか、ウォルフさんに、ちゃんと確認してもらってから、捜査開始しなきゃね。
そう思って、部屋のドアを勢いよく開けると。
何故か、ウォルフさんがギルの顔の両脇に腕を付いていて――それが一瞬、妖しい雰囲気に映ってしまい、ぎくりとして固まった。
ウォルフさんは、その姿勢のまま、ゆっくり振り返り、
「リナリア様……。こう申しましては、失礼に当たってしまうかも知れませんが……そのようなお召し物も、よくお似合いでいらっしゃいますね。実に可愛らしい。我が主がご覧になられましたら、見惚れておしまいになったでしょう」
……なんてことを言ってくれちゃって。
普通の状態で聞いてたら、照れまくっちゃってたと思うんだけど……ウォルフさんの不自然な体勢が気になって、それどころじゃなかった。
「あ……あの……ウォルフ、さん?……どーして……なんでそんなカッコ、してるの……?」
「――は? そんな格好……と申されますと?」
「だっ、だから、その……。な――、なんでギルの上に、覆い被さってる……の?」
「ああ、これは――ギルフォード様のお顔を拭き清めていたのです。このように――」
ウォルフさんは、サイドボード上にある、水を張ったボウルに手を伸ばした。
握っていた布を濡らし、軽く絞ってから、ギルの顔を、撫でるように拭き始める。
……あ。なーんだ。
顔を拭いてあげてただけかぁ。
や、ヤダなー私ってば。変な誤解しちゃうところだったよ。
危ない危ない……。
「そ、そっか。ごめんなさい、余計なこと訊いちゃって。……えっと、それよりこの服、これで着方合ってるのかな? どこかおかしいところはない?」
一応、全身を見てもらうために、その場でくるりと回る。
ウォルフさんは小首を傾げながら、私の方へと歩いて来て、
「大変よくお似合いでいらっしゃいますが、髪は、まとめておかなければいけない決まりがございますので。……少々、失礼致します」
そう言うと、内ポケットから、クシと細いリボンを取り出して、私の髪を、あっと言う間にまとめ上げ、キャップの中に収めてくれた。
「これで何の問題もございません。この城には、幾多の使用人がおりますので、お姿を見られた程度では、怪しまれることはないと思いますが……注意するに越したことはございません。なるべく人目につかぬよう、お気を付けください」
「うん。ありがとう、ウォルフさん。……それで、ギルを襲った人について、何かわかったこととか、目撃者とか……新しい情報はない?」
「……はい。残念ながら、今のところは、何の情報も入って来てはおりません」
「そっか……。じゃあ、全く手掛かりなしなんだ? そーすると、どこから調べればいいかな……」
思案する私に、ウォルフさんは優しい眼差しを向けて、
「どうか、ご無理をなさいませんように――。何の手掛かりもなしに、犯人を見つけるなど、土台無茶な話でございます。私が、リナリア様が外へ出られることについて、反対しなかったのは、犯人を見つけていただくためではございません。部屋の中から出られない状態というのも、長い期間となると、そうとうお辛いだろうと……少しは、気分転換なさった方がよろしいだろうと、考えたからでございます」
「えっ!……そーなの?」
「はい。ですから、必ず犯人を捕らえるなどということは、お考えにならず――出来れば、危険なことは、一切なさらないでいただきたいのです。お気が晴れましたら、なるべく早くお戻りください」
「……う……うん……」
なんか、最初っから、何の期待もされてなかったのかと思うと、ちょっと悲しいけど……。
でも、確かに、手掛かりのない状態で、名探偵でもないズブの素人が、ちょっと辺りの様子を探りさえすれば、犯人見つけ出せる――なんて考えるのは、楽観にも程があるよね。
悔しいけど……外を見回ってる間に、『何かヒントになるようなものでも、見つけられたらラッキー』くらいに思ってた方が、現実味あるか……。
「わかった。気分転換も兼ねて、探検して来る……って程度の気持ちで、この城を見て回ることにするよ。ここでまた、私が危険な目に遭っちゃったりしたら、それこそ、大迷惑だもんね」
「――はい。申し訳ございませんが、その通りでございます。ザックス王国の姫君に、もしものことがございますれば、この国との友好関係に、ヒビが入るどころの騒ぎではございません。くれぐれも、そのことをお忘れなきよう……」
ウォルフさんの言葉に、こっくりとうなずくと、私は彼に背を向け、ドアへと向かった。
そして、途中で肝心なことを聞き忘れてたことに気付き、慌てて振り返る。
「そうだ、ウォルフさん。ギルが襲われた場所って、どこだかわかる?」
ウォルフさんは軽くうなずき、
「この部屋を出て、左へひたすらまっすぐに進みますと、突当たりの左手に、小さなドアがございます。そこを出たところに、別棟へと続く、短い通路があるのですが、それを少し行った先で、お倒れになっていたそうです。……まだ幾らか、ギルフォード様の血痕が、拭い切れずに残されておりますので……すぐおわかりになられるかと」
「……そ、か……。うん、わかりました。――あ、それから――この城のメイドさん達には、何か、守らなきゃいけない決まりとかってあります? たとえば、偉い人とは口聞いちゃいけないとか、見られたらダメとか――」
「ああ、それでしたら――。メイド達は、特に大切な用事を言付かった場合でもなければ、城主は無論のこと、その一族や、貴族などの客人らに、自ら話し掛けてはいけない――という決まりがございます。それと同時に、彼らの姿を目にしたら、速やかに脇の方へと移動し、彼らが行きすぎるまで、頭を下げていなくてはなりません」
「――な、なるほど。じゃあ、偉い人に会っちゃったら、ささっと端っこに寄って、じっと黙ったまま、頭下げ続けてればいいんだよね?」
「はい。それで間違いございません」
な~んだ。
やっぱりここでは、姿見られちゃいけないとかって、やっかいな決まりはないんだ?
そんな妙な決まりあるのって、うちの城で働いてる人達の間でだけ……なのかな?
だとしたら、ホント、考えなきゃね。
納得行かない習慣とか決まりとかは、ちょっとずつでも、変えてかないと……。
しみじみ思いながら、私はそうっとドアを開け、辺りに人がいないのを確認すると、約半日ぶりに、ギルの部屋以外の場所へ出た。




