第8話 手を握って
うぁ~~~もぉ~~~~っ、ウォルフさんのバカぁ~~~~~っ!!
やっぱりダメだよ~~~っ、ドキドキどころかバクバクしちゃって、全然眠れないよーーーーーッ!!
どーすんのっ? 夜ってばやたら長いのに、どーすんのぉおおーーーーーッ!?
ベッドがキングサイズっぽいし、余裕はたっぷりあるから、まだいいものの……これがシングルとかだったら、大変なことになってたよ。
もうもうっ、ウォルフさんのバカバカっ!!
このいっこうに静まらないバクバクを、いったいどーしたらいいってーのっ!?
ウォルフさんが部屋を出て行ってから、もう結構経ったと思うのに、私の心臓は全然落ち着きを取り戻してくれなくて……。
部屋のランプ(?)は消されてるから、窓越しの月明かりだけが照明代わりとは言え、それでも意外と、周囲の様子はハッキリ見えてしまう。
右を向けば、ギルの顔がもろ目に入っちゃうし、仰向けに寝ても、視界からは完全に遮断されてなくて、気になっちゃうし。
――ってワケで、さっきからずっと左向きのまま、体を固定して寝てるんだけど……。
いい加減辛くて、一晩中この姿勢のままなんて、絶対耐えらんない。
……ん?
あ、そっか。目をつむっちゃえばいーんだ。そしたら何も見えないし。
……う、うん。そーだよね。さっさと目をつむってれば、ここまでドキドキバクバクぐ~るぐる……なんて、しなくて済んだんだよね。
バ、バっカだなぁ、私……。
自分のアホさ加減に呆れつつ、ぎゅっと目をつむって仰向けになった。
――うん。何も見えない。(当たり前)
よかった……これでやっと眠れる。
そう思った瞬間、
「は……っ、……う、え……」
ギルの辛そうな声が耳に入って来て、ぎくりとして目を見開く。
「ギ――、ギル……?」
そうっと上半身を起こし、顔を覗き込むと、ギルは薄く口を開き、苦しげに胸を上下させていた。
「ギル、どうしたの? 苦しいの?」
頬に手を当てて訊ねてみるけど、当然、返事なんて出来る状態であるワケがない。
「……どーしよう。さっきまで、かなり治まってたのに……。容体が悪くなっちゃったのかな?」
ウォルフさんは朝まで来ないって言ってたし、呼びに行きたくても、どこに行けばいいのかわからない。
……どーしよう……どーしたらいいの?
気持ちばかり焦って、頭が全く追いつかない。ただおろおろと、ギルの顔を見つめて固まってたら、
「母上……。母上、待ってくださ――。まだ、行かないで――……」
また辛そうにつぶやいて、ギルは震える右手を少しずつ上げ――まるで、何かを追い求めるかのように、虚空へと伸ばした。
「ギル!」
とっさにその手を取り、両手でぎゅっと握り締めると、ギルは少しホッとしたような顔をして、微かに笑みを浮かべた。
「よか……った……。母、上……」
しばらくそのまま握っていると、徐々に呼吸も穏やかになって来て……再び深い眠りに落ちて行く。
……『母上』って……言ってたよね、今……?
寝言、か……。怖い夢でも見てたのかな?
――お母様が亡くなった時の夢、とか――……。
「ギル……」
私はどうしようもなく胸が痛んで、ギルの右手を握り締めたまま胸元へ持って行き、その指に唇を押し当てた。
お母様が亡くなったのは、ギルが九歳の時だって、ウォルフさん言ってた……。
十年――。
もう十年以上経ってるのに、まだこんな風に、悪夢にうなされたりしてるなんて……。
「辛いよね……。そんな悲しい記憶、忘れられるワケ……ないよね」
そう思ったら堪らなくて、涙が溢れて来た。
後から後から溢れて来る涙は、ぽたぽたとギルの胸元に落ちて、包帯に滲みて行く。それをぼんやりと眺めてたら、今度は、昔の傷跡が目に飛び込んで来て……もっと泣きたくなってしまう。
「ギル……ごめんね。私……あなたの苦しみにも、悲しみにも……全然、追い付けない。……わかりたいのに。あなたの想いに寄り添いたいのに……全然足りない。何もかも、私じゃ足りない。……力不足だよ……」
そう思ったら、悔しくて、情けなくて……バカみたいに、涙がぽろぽろこぼれて来た。
もっとあなたに近付きたい――。もっとあなたを理解したい。
今よりもっとずっと、あなたを深く愛したい――!
私はギルの右手に自分の指を絡めるようにして握り直すと、彼の胸元にそっと置いて横になった。そしてお互いの肌が僅かに重なる程度の距離で、祈るような気持ちで目を閉じる。
これでもう、ギルが悪夢にうなされず、穏やかな眠りに就けますように……。
私が手を握ってるだけじゃ、何の効果もないかも知れないけど……どうかほんの少しでも、彼の気持ちを楽にするため、役に立てますように……。
そう強く願いながら、私は愛する人のぬくもりの中――いつしか眠りに引き込まれていた。