第7話 一枚上手
プハッと顔を外に出したら、ギルの横顔がめちゃめちゃ近くにあって、ドキリとする。
でも、さっきまで苦しそうだった息遣いは、かなり穏やかになっているようで、少しだけホッとした。
「ギル……。絶対、治るよね?」
思わずつぶやくと、
「ええ、きっと……。リナリア様さえお側にいらしてくださるのなら、明日にでも、目を覚まされるやも知れません」
ウォルフさんの声がして、私は顔だけそちらに向けた。
「だといいけど……。あ、でも、明日から犯人捜しするって決めたんだし、側にいたいけど……ずっとはいられないよ」
「――さようでございました。では、せめて今夜だけでも、そうして添い寝して差し上げてください」
「うん…………えっ? えッ!? そっ、そそっ、そ、添い寝ッ!?」
言葉の意味を理解したとたん、かあっと顔が熱くなる。
びっくりしてウォルフさんを見ると、彼は相変わらず涼しい顔で、まるで当然のことのように答えた。
「はい。すでに夜も更けておりますので、本日は、こちらにてご就寝ください。私は、朝方また参ります。それまで、どうかごゆるりと、おやすみくださいませ」
「……ご……ごゆるりと、って……」
そっ、そんな……ごゆるりと――なんて、眠れるワケないじゃないッ!
いくら目を覚ましてないって言ったって、男の人の――ギルの隣で、なんてっ!
「む…っ、無理無理無理無理ッ!! ずぇーーーーーったい、無理ィイイイーーーーーーーッ!!」
「――っ! リナリア様っ!!」
珍しく慌てた様子で、ウォルフさんが口元に人差し指を当て、『お静かに』って、やっと聞き取れるくらいの声でささやく。
「……あ……。ご、ごめんなさい」
両手を口に当てて謝ると、ウォルフさんは深々とため息をつく。
「大声はあまり出されませんように。御身に危険が迫った時などは別ですが……」
「はい……。気をつけます。ホントにごめんなさい」
しゅんとして、もう一度謝ってから、ハッと我に返る。
「で――っ、でもっ! こっ、ここで眠るなんてやっぱり無理だよっ」
「無理? 何故でございますか?」
「だっ、だって、ギルが横にいるのに……落ち着いて眠るなんて出来るワケないもんっ!――わ、私だって一応、女の子なんだよっ?」
必死に訴えるけど、ウォルフさんには全然響いてないみたい。
「無論、承知しております。ギルフォード様は、意識のない状態なのですから……先ほどのような不埒な真似など、なさりたくても、なされるはずもございません。どうかご安心ください」
「……ご、ご安心ください……って言われても……」
意識ないから何も出来ない、ってのはわかってるけどっ。
そーゆー問題だけでもないんだよーーーっ!
好きな人が、こんな間近にいる状態で、落ち着いて眠りになんて就けっこない。
ドキドキしちゃって、それどころじゃない――ってのが、問題なんだってばーーーーーっ!!
「それでは、私はこれにて失礼させていただきます。おやすみなさいませ」
「おやすみなさ――……って、いやっ、だからちょっと待ってってばっ! 私っ、こんなところじゃ眠れなっ――」
「問題ございません。鍵は掛けて参りますので、明朝まで、誰も入っては来られません」
「いやっ、そーゆー意味でもなくっ――て……」
……ん?
……『鍵は掛けて』――?
「鍵――って、ウォルフさん……この部屋の合鍵、持ってたの?」
私の問いに、ウォルフさんは無言で小さくうなずいた。
……な~んだ。ウォルフさんが合鍵持ってるんなら、ギルが鍵掛けたって言ったって、うろたえることもなかったんだ……。
「えっと……合鍵持ってること、ギルは知ってるの?」
「――いいえ。恐らく、ご存じないのではなかろうかと……」
……やっぱり。
ん~……。
ウォルフさんってば、ギルより一枚も二枚も上手なんだなぁ。
感心して見上げると、
「私は、ギルフォード様がお生まれになられるかなり以前より、この城で仕えておりますので……」
と、また小さくうなずいた。――だけ、だったんだけど……。
何故か私には、ニヤリと笑ったようにも感じられて……。
ホント、参ったなぁ。
ウォルフさんに掛かったら、ギルが子供みたいに思えて来ちゃうんだもんなぁ……。
――って、生きてる時間からしてかなり違うんだから、比べたりしたら、ギルがかわいそうか。
「それでは、リナリア様。おやすみなさいませ」
深々と頭を下げてから、ウォルフさんはドアの方へと歩いて行く。私はそれを見送って――途中でハッとし、
「いやっ、だからここじゃ眠れな――っ!」
焦って声を上げたけど、ガチャリと鍵を掛ける音が響いて……。
「……うぅ……。眠れない、って言ってるのにィ~~~……」
私の声は空しく宙を舞い、シンとした部屋へと吸い込まれて行った。