第6話 兄と弟
いきなり入ってきたフレデリックさんに緊張しながらも。
ウォルフさんとフレデリックさんの会話の内容が知りたくて、私は必死に耳をそばだてていた。
ウォルフさんは、
「フレデリック様……。入室する前には、ノックをしていただかないと困ります。緊急時と申しましても、最低限のマナーは守ってください」
そう言って、呆れたようにため息をついている。
すぐさま、
「な…っ! 兄上が襲われたと聞いて、そんな悠長なことをしていられるものか! おまえこそどうしてそう、いつも落ち着いていられるんだ? 兄上が危険な状態なのだろう!? 心配じゃないのかッ!?」
フレデリックさんの興奮した声が響いて、私はハラハラしてしまった。
だって、さっきまでの私と、同じような反応だったし……。
ウォルフさんを責めてしまうところまで一緒で、恥ずかしくて堪らなかったんだもの。
それに対し、ウォルフさんはどこまでも落ち着いていて、
「お気持ちはお察し致しますが、少し静かにしていてくださいませんか。ギルフォード様のお怪我に障ります」
王子様を前にしても、注意すべきところはちゃんとしている。
毅然としててカッコイイなぁと、私はひたすら感心してしまった。
うっと詰まったような声が微かにし、辺りは急に静かになった。
『傷に障る』って言葉に、素直に従ったところを見ると、本心から、ギルのことが心配なんだろう。
でも……フレデリックさん、か……。
ついさっき、フレデリックさんのお母様が、ギルのお母様を殺すように仕向けたのかも知れない――って話を聞いたばかりだから、なんか複雑だな……。
そんなに辛い過去がお互いにあっても、兄弟仲良く――なんて、してられるものなのかな?
私だったら、たぶん無理。
ギルのお母様を、私のお父様に置き換えて考えてみたら……。
ああああっ、無理っ。絶対無理っ!
お父様を殺したかもしれない人の子供と、仲良く出来る気がしない。
子供に罪はないって、わかっていても。
その人を見るたび、殺されたってことが思い出されて、辛くなるに違いないもの。
やっぱり、ギルはすごいなぁ……なんて、しみじみしてうなずいていると、
「それで、兄上のご容体は? まさか、このまま危篤状態に――なんてことにはならないだろう? 兄上には、治癒能力がそなわっておられるのだし……大丈夫だよな? 心配なんかいらないよな?」
不安そうなフレデリックさんの声がして、すぐに現実に引き戻された。
でも、ウォルフさんにだって、そんなこと保証出来るワケもなく……。
彼の答えは、私に対するものと同じだった。
答えを聞いて、フレデリックさんは落胆したようにため息をつく。
「兄上……。何故兄上ばかりが、こんな目に遭われなければならないんだ? 兄上は、臣下の者達にも民にも慕われていらっしゃるし、僕なんかより、ずっと優れていらっしゃるのだから、誰かに恨まれているなどということは、考えられないのに。それなのにどうして――っ!」
……え?
フレデリックさん……もしかして、泣いてるの……?
フレデリックさんの声が震えた調子に変わったのを感じて、私は思わず耳を澄ませた。
涙ぐむほどに、ギルの身を案じてるとすると、心の底から、ギルのことが好きなのかな……って気がして来ちゃう。
やっぱり、母親と息子を、同じように考えちゃダメってことなのかも……。
「兄上、待っていてください。僕が必ず――今度こそ必ず、兄上をこんな目に遭わせた奴を引っ捕らえて来て、兄上に謝罪させた後、はりつけにして火を放ち、燃え盛る炎の中、槍でめった刺しにしてやります! 兄上に、このようなひどいことをしたことを、必ずや後悔させてやりますから! 約束します、兄上!」
声高に宣言すると、フレデリックさんは、大きな足音を立てながら、部屋から出て行った。
……最後の方、かなり残酷なこと言ってたけど……。
いくらなんでも、その辺は本気じゃない……よね?
兄を想うゆえの、行きすぎた発言――ってヤツだよね?
内心、ちょっと怯えつつも、犯人を捕まえてやるって気持ちは同じだし、どことなく、彼に親近感のようなものを覚えながら、私はそろそろとベッドから這い出した。