第5話 祈りのキス
「リナリア様――」
驚くでもなく、たしなめるでもないその声に、ハッとして顔を上げると――。
ウォルフさんは、ドキッとするほどの温かい眼差しで、私を静かに見つめていた。
とたんに恥ずかしくなって、
「あ……。ごめんなさい、こんな時に。……えっと、前にいた世界に、長年眠り続けるお姫様に、王子様がキスしたら、目覚めた――って内容のおとぎ話があって。その真似をしてみたんですけど……やっぱりダメですね。そううまくは行かないみたい」
ぎこちなく笑ってみたけど、ふいに涙が溢れそうになって、慌ててうつむく。
「我が君は――ギルフォード様は、必ず目覚めてくださいます。愛するお方を一人残し、逝っておしまいになられるような、薄情なお方ではございません。……信じましょう、リナリア様」
「……でも……ギルは私のこと、怒ってるだろうし……。『君の顔を見ていたくない』って、さっき言われちゃったし……。私なんかのために、『生きていたい』なんて、もう思ってくれないかも……」
「リナリア様!」
ウォルフさんの鋭い声に、ビクッと身をすくめる。
「どうか、お気を強くお持ちになってください。ギルフォード様のお心を支えていらっしゃるのは、いついかなる時も、あなた様以外にはあり得ないのですから。自信をお持ちになってください」
「……ウォルフさん……」
……自信なんて……持ちたくたって、持てるワケない。
あんなことがあった後じゃ、尚更……。
でも、私は、ギルをこんな目に遭わせたヤツを、絶対見つけ出すって決めたんだから。
こんなところで、メソメソしてる暇があったら、早く実行に移さなきゃ――!
「ごめんなさい、ウォルフさん。もう弱音吐かない。……だって私、決めたんだもん。犯人見つけ出すって。絶対に見つけ出してみせるって、自分で決めたんだから!」
唐突な私の〝犯人捜し宣言〟に、ウォルフさんは目を瞬かせて、困惑気味に首をかしげる。
「犯人を見つけ出す?……リナリア様が――でございますか?」
「もちろん! 絶対絶対、犯人突き止めてみせるよ!――だからウォルフさん。ひとつ、お願いがあるんだけど。……聞いてもらえる?」
「お願い、でございますか?……それは……私に出来ることでしたら、ご協力差し上げたいとは存じますが……」
「ありがとう! じゃあ早速、私の体型に合うメイド服、一着用意して来てくれないかな?」
「……は? メイド服……でございますか?」
今度は怪訝そうに訊ねられてしまったけど、構わず続けた。
「うん、そう。だって、この服で城内歩き回ってたら、怪しまれちゃうでしょ?」
「歩き回る?……もしや、この部屋から出られるおつもりなのですか?」
「そりゃそうだよ。ここから出なくちゃ、犯人捜しなんて出来るワケないじゃない」
「お気持ちはお察し致しますが、それは承服致しかねます。リナリア様に、そのような危険なことをしていただく訳には参りません。ギルフォード様に、私がお叱りを受けてしまいます」
「そんなの、黙ってればわからないからだいじょーぶ!――ねっ? お願い、ウォルフさん! メイド服を調達して来て?」
両手を重ね合わせ、頼み込む仕草をしてみせる。
彼は困ったように、しばらく黙り込んでいたけれど、やがて、小さくため息をつくと、渋々といった風にうなずいた。
「かしこまりました。後ほど、お持ち致しましょう。――ただし、くれぐれも無茶なことはなさいませんように。危険だと感じる場面に遭遇なさいましたら、直ちにお引きください。よろしいですね?」
「はいっ、わかりました!……ありがとう、ウォルフさん」
にっこり笑ってお礼を言うと、ウォルフさんはサッと顔色を変えた。
「いけない、誰かがこちらに向かって来ております!……この足音は……恐らく、フレデリック様でしょう。お隠れください、リナリア様!」
「えっ?――あ、はっ、はいっ!……えっと……えぇっとぉ~……」
どこに隠れたらいいんだっけ?
……あ、隣の部屋かと、ドアに向かおうとする私を、
「間に合いません! こちらへ!」
突然何を思ったか、ウォルフさんは、ベッドのフラットシーツをめくり上げ、ギルの横を手で示した。
「え?……ええええっ!?――で、でもっ、いくらなんでもそこは――っ」
無理無理っ!
私は焦り、大きく首を横に振る。
「ためらっている場合ではございません! さあ、お早くっ!」
『つべこべ言わずに、さっさとここに横になれ』とでも言うように、ウォルフさんは、ギルの脇をポンポン叩き――。
「……う。……うぅ……っ」
あーもぉっ!
わかったわよっ。そこに横になればいーんでしょっ?
意を決して、ギルの隣にすべり込むと、シーツが頭の上まですっぽりと覆い被さり、私の姿を隠す。
――と同時に、ドアが開かれたような気配がし、誰かの声が聞こえて来た。
「兄上っ! 襲われたとお聞きしま――っ」
そこで言葉が途切れ、私はひやひやしながら、ギルの体に張り付くようにして息を殺した。
「兄上!……ひどい。何故兄上ばかりが、このような……。ウォルフ! おまえがついていながら、どういうことだ!? 詳しく説明しろッ!!」
だんだん、声と足音が近付いて来て……私のすぐ側で止まった。