第1話 嘆きと自己嫌悪
……どーしよう。ギルを傷付けちゃった。
傷付けたくなかったから、今まで言い出せずにいたのに。なのに……。
なのにこんな、最悪な結果を招いちゃうなんて――!
どーして……どーしてあんなこと、口に出したりしたの!?
どーして、どーして……あんな最低な伝え方しちゃったのよ!?
ああ……もう嫌……。
自分が――自分が許せない!!
床にうずくまり、私は初めて声を上げて泣いた。
こんな時に泣くのは、卑怯かも知れない。
一番傷付いてるのはギルなんだから――私なんて、自業自得にすぎないんだから。
私には、泣く資格すらないのかも知れないけど……。
後から後から溢れ出て来る涙を、どうしても止めることが出来なかった。
泣いて泣いて、泣き続けて。
泣き疲れた頃、音もなくドアが開き……見上げると、ウォルフさんが立っていた。
「リナリア様……」
ウォルフさんは床にひざまずき、私にそっと手を差し出す。
「ギルフォード様から、事情はお聞きしました。……おかわいそうに。そのように泣き腫らされて……」
私はウォルフさんの手を取り、もう片方の手で頬の涙を拭った。
「ウォルフさん……。ごめんなさい。私……私、ギルを――」
「いいえ。リナリア様には、何の咎もございません。我が主は、先ほどもお伝えしましたように、少々浮かれていらっしゃいました。リナリア様のお心を、都合よく捉えておしまいになった。――ただ、それだけのことでございます。リナリア様が責任をお感じになる必要など――」
「違うっ! 違うの! ギルは、都合よく受け取ってたワケじゃない。そうじゃないの! 私は……私は――っ!」
気持ちが高ぶって、またぽろぽろと涙をこぼし始めた私を、ウォルフさんは何も言わず、優しく見守っていてくれた。
そのお陰で気持ちが励まされた私は、
「私は、ギルが好きなの! 誰よりも好きなの! また会えて……やっとわかったの。私はギルが――ギルのことが、世界中で一番好き!!」
平凡な表現しか出来ない自分を恥ずかしく思いながらも、ウォルフさんに本心を伝えた。
ホントは、ギルに聞いて欲しかった言葉だけど……。
『聞く必要は、ない』
冷たく、突き放されてしまったし……。
「リナリア様……。それでは、我が主は――誤解していらっしゃるだけなのですね?」
ウォルフさんの問いに、大きくうなずく。
「私、説明しようとしたの。今更言ったって、言い訳にしかならないことだけど……。伝えたって、許してもらえないかも知れないけど。でも、その時のこと、ちゃんと自分の口から説明しなきゃって思ったの。それから、私の気持ち……ギルが一番好きってこと、伝えようと思ったんだけど……」
「ギルフォード様が短気を起こされ、聞いてはくださらなかった……と?」
無言でうなずくと、ウォルフさんは静かに瞼を閉じ、しばらくしてからまた開いて、私をじっと見つめた。
「そのようなことではなかろうかと、思っておりました。――リナリア様は、ギルフォード様の強引な求愛に、戸惑っていらっしゃるようにお見受けしましたが……嫌がってはいらっしゃらないご様子でしたので」
ウォルフさんは、私の体を支えるようにして立ち上がらせ、
「リナリア様のお気持ちは、後ほど、私からギルフォード様にお伝えしておきます。どうか、お心安くなさっていてください」
気遣うように、優しい言葉を掛けてくれる。
「……うん。ありがとう、ウォルフさん。心配掛けて――迷惑も掛けっ放しで、ごめんなさい」
「そのような……。もったいないお言葉でございます。リナリア様の存在は、我が主にとって、光そのものなのです。その光を失わずに済み、私は、大変喜ばしく思っております。ですから、どうか――これからも、我が主の――ギルフォード様のお心を、支えて差し上げてください。あなた様にしか、あのお方はお救い出来ないのです」
「ウォルフさん……。そんな風に言ってもらえて、すごく嬉しいけど……。でも、私が光だなんて――」
ギルを傷付けてばかりいる私が、光だなんて……。
そんなの、なれっこないよ……。
「いいえ。リナリア様しか――リナリア様以外には、不可能なのです。ギルフォード様のお心を、癒して差し上げられるお方は、リナリア様しか……」
「ウォルフ……さん?」
意味ありげに黙り込むウォルフさんを見上げ、なんて返せばいいのか戸惑っていると、
「――っ! リナリア様、隣の部屋へ! お早く!」
「えっ?……あ、あの――」
「どうやら、何事か起こったようです。外が騒がしい。数人こちらへ近付いております。どうかお早く、隣の部屋へお隠れになってください!」
「――は、はいっ!」
私は慌てて隣の部屋へと駆け込み、素早くドアを閉めた。
すると、たちまち。
何を言っているのか、よく聞き取れない、数人の声がして……。
「いったい何事です?」
ウォルフさんが誰かに訊ねる声がした後、数秒置いてから、
「我が君! ギルフォード様ッ!……どういうことなのです、これは!? どなたか説明してください! 我が主の身に、いったい何が――!?」
初めて聞く、ウォルフさんの取り乱した声。
彼が発した『我が主の身に』という言葉に、私の心は凍り付いた。