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赤と黒の輪舞曲~【桜咲く国の姫君】続編・ギルフォードルート~  作者: 咲来青
第18章 最後の夜

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第6話 東屋の下で

「ほら。あちらにいらっしゃいますわ」


 アセナさんが指し示した方へ目をやると、そこには確かにフレディがいて。

 中庭の東屋(あずまや)に備え付けてあるベンチに腰掛けて、ぼんやりと庭を眺めていた。


「フレディ……」


 側に行こうと、一歩足を踏み出したまではいいけど。

 それ以上先に進むことが出来ず、私はその場に立ち尽くした。


「いかがなさいました?」


 後ろにいるアセナさんが、私の背に問い掛ける。


「私……フレディに、なんて言ってあげればいいんだろう? フレディの気持ちを軽くしてあげられるようなこと、言えるのかな? またよけいなこと言って、傷付けちゃったりしないかな?」



 とにかく、それだけが心配だった。

 フレディのことを、これ以上傷付けたくなんかないから……。



「やっぱり私……このままフレディには会わずに、国に帰った方がいいんじゃないでしょうか? また無神経なこと言って、傷付けちゃうくらいなら、その方がずっと――」

「今更、何をおっしゃっているんです? リナリア姫様らしくもない」


「え? 私らしく……ない?」


 呆れたような彼女の言葉に、私は戸惑いつつ振り向いた。


「ええ。まったく、あなた様らしくありませんわ。あなた様はいつだって、考える前にまず行動。ずっと、そうなさって来たではございませんか。――後先考えずに突き進む。それがあなた様なのだと、思っていたのですけれど。……違います?」


「考える前に……まず、行動……? 後先考えずに……突き進む……」



 そう……だっけ?

 私って、そんな人間なんだっけ……?



 ……うぅっ。

 これでも一応、考えてから行動してたつもりだったんだけど……。

 他の人から見ると、そんな風に見えるのかな?



 ――んん?

 そー言えば、ギルにも……『後先考えない』って、前に言われた気がする……。


 ……じゃあ、やっぱり私って……。



「いつもの調子で、リナリア姫様らしいお言葉を、掛けて差し上げればよろしいのです。それで傷付いてしまわれたとしても、フレデリック様は恨んだりなどなさいませんわ。むしろ……別れの言葉ひとつ残さぬまま、帰ってしまわれた方が……よほど傷付かれると思いますわよ?」 


「……そう……かな?」

「ええ。そうですとも」


 当然だと言わんばかりの即答に、私は思わず笑ってしまった。


「そっか。……そーだよね。ここでウジウジ悩んでたって、どーしよーもないもんね。――うん、わかった。行って来る!」


 アセナさんにお礼を言うと、フレディ目指して、まっすぐに歩き出す。



 また、無神経なこと言っちゃうかも知れない。

 よけいなこと言って、傷付けちゃうかも知れないけど――。


 でも、何も言わずに国へ帰るなんて、やっぱりヤダ。

 ちゃんとさよならを言って――出来れば、笑ってお別れしたい。


 私の大切な……将来、弟になる予定の人なんだもん。

 避け合うような仲になんて、なりたくないよ。




 側まで近付くと、気配を感じたのか、フレディはおもむろに顔を上げた。


「……リナリア」


 思ったより、驚いてはいなかった。

 私が後を追って来ることを、予想していたのかも知れない。


「ちょっといいかな? 私……あなたに話さなきゃいけないことがあるの」

「話さなきゃ……いけないこと?」


「うん」

「国へ帰ることなら知っているぞ。アセナからも聞いたし……父上もおっしゃっていたからな」


 ふいっと目をそらし、フレディは覇気(はき)のない声で答える。


「ううん、違うよ。私が言いたかったのは……」


 ごく自然に、彼が座っているベンチの隣に腰を下ろす。

 彼は一瞬ビクッとしたけど、特に何も言ったりはしなかった。


「私が言いたかったのは、ありがとう――ってこと」

「……ありがとう?」


「うん。まだ、お礼を言ってなかったから。私のこと、かばってくれてありがとう。それから……ごめんね。ひどいケガ負わせちゃって……」

「ああ……そのことか」


 彼はつまらなそうにつぶやくと、視線を落とした。


「べつに、礼を言われるほどのことじゃない。僕がああしなければ、兄上がしておられただろうし……。おまえが傷付けられていたとしても、兄上が救ってくださっていたはずだ。……配役が違っていただけのことさ」


「フレディ……」



 素っ気ない言い方に、ちょっと悲しくなったけど。

 でも……こんなことくらいで、くじける私じゃないもんねっ!



「もしもの話は置いといて。現実に、身を(てい)して守ってくれたのはフレディでしょ? だからやっぱり、ありがとうって言いたい。あなたは私の、命の恩人だよ」

「…………」


 彼は何も言わず、私を見ようともしなかった。

 それでも私は、メゲずに先を続けた。


「帰る前に、どうしても、それだけは伝えたかったの。それから……ギルの気持ちも」


 ギルの名を口にしたとたん、彼の肩がビクンと揺れた。


「ギルね、言ってたよ? フレディが、私に『好きになってごめん』って言った時、すごく心が痛んだって。人が人を好きになる気持ちは、誰にも(とが)められるものじゃないのにって。ごめんなんて言わせちゃったのは、自分だと思ったら、堪らなかったって。……それでね? その時、『これで許せる』って思ったんだって。フレディを受け入れられる。これでやっと、普通の兄弟になれそうだって」


 フレディは、ゆっくりと私に視線を移し、呆然とつぶやいた。


「兄上……が?……僕を……許してくださると……?」


「うん。『フレディに罪がある訳でもないのに、許すというのも、おかしな話だけれど』とも言ってたよ?……だからね。大丈夫だよフレディ。近いうちに、ギルの方から、ごめんねって言って来るよ。次に、ちゃんと向かい合った時には、フレディの大好きなお兄さんに、戻ってくれてるはずだから」


「兄上……。兄上が……僕を……僕を……許し……て?」


 気が付くと、フレディの両目から、涙がポロポロとこぼれ落ちていた。

 思わずもらい泣きしそうになったけど、そこはグッと堪えて、頑張って笑みを浮かべる。


「リナ……リア」


 涙を拭いもせず、彼は私の名を呼んだ。


「ん? なあに、フレディ?」

「今、だけ……。最後に、ひとつだけ……我儘を聞いて、くれないか……?」


 『断られたらどうしよう?』――顔にそう書いてあった。

 心細げなフレディを励ますように、私はコクリとうなずく。


「うん、いいよ。なにをすればいいの?」

「……胸、を……」


「へっ!? 胸ッ!?」


 予想外のワードにギョッとし、うろたえる。

 そんな私とは対照的に、彼は少しも慌てることなく。


「少しの間でいいんだ。胸を……貸してくれないか?」

「……あ。……ああ……。なんだ、そーゆーこと……」



 あーーーっ、ビックリしたぁああっ!

 いきなり、何を言い出すのかと思ったよぉおお~~~っ!



 私は数回深呼吸し、気持ちを静めてから、フレディに向き直った。


「わ……わかった。ちょっとだけ……ね?」


 ドキドキしながら、私はおずおずと両手を広げる。


「リナリアっ!」


 とたん、彼はすがりつくみたいにして、私の胸に飛び込んで来た。


 小さな男の子みたいに、声を上げて泣く、彼の頭を撫でながら。

 私は必死に、ギルに向かって、心の中で弁解し続ける。



 ごめんねギル。

 今だけ……今だけだからっ。

 フレディが、泣き止むまでの間だけだからっ。


 だからお願い! 大目に見てね?

 ヤキモチ焼かないで……ね?


 彼は今、子供なの。

 小さな子供の頃に戻って、私を母親みたいに思って、泣きついてるだけ。

 小さな子にヤキモチ焼いたって、しょーがないでしょ?


 だから……ね?

 お願いだから許してーーーっ!



 フレディに、他意はないとわかってても。

 ギル以外の男の人を胸に抱くのは、すごく抵抗あったし、後ろめたさもあった。


 ギルに弁解しているようでいて、ホントは、自分に言い訳してるんだってことを、充分自覚しながら。

 私はひたすら、フレディが泣き止んでくれるのを待った。

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