第6話 東屋の下で
「ほら。あちらにいらっしゃいますわ」
アセナさんが指し示した方へ目をやると、そこには確かにフレディがいて。
中庭の東屋に備え付けてあるベンチに腰掛けて、ぼんやりと庭を眺めていた。
「フレディ……」
側に行こうと、一歩足を踏み出したまではいいけど。
それ以上先に進むことが出来ず、私はその場に立ち尽くした。
「いかがなさいました?」
後ろにいるアセナさんが、私の背に問い掛ける。
「私……フレディに、なんて言ってあげればいいんだろう? フレディの気持ちを軽くしてあげられるようなこと、言えるのかな? またよけいなこと言って、傷付けちゃったりしないかな?」
とにかく、それだけが心配だった。
フレディのことを、これ以上傷付けたくなんかないから……。
「やっぱり私……このままフレディには会わずに、国に帰った方がいいんじゃないでしょうか? また無神経なこと言って、傷付けちゃうくらいなら、その方がずっと――」
「今更、何をおっしゃっているんです? リナリア姫様らしくもない」
「え? 私らしく……ない?」
呆れたような彼女の言葉に、私は戸惑いつつ振り向いた。
「ええ。まったく、あなた様らしくありませんわ。あなた様はいつだって、考える前にまず行動。ずっと、そうなさって来たではございませんか。――後先考えずに突き進む。それがあなた様なのだと、思っていたのですけれど。……違います?」
「考える前に……まず、行動……? 後先考えずに……突き進む……」
そう……だっけ?
私って、そんな人間なんだっけ……?
……うぅっ。
これでも一応、考えてから行動してたつもりだったんだけど……。
他の人から見ると、そんな風に見えるのかな?
――んん?
そー言えば、ギルにも……『後先考えない』って、前に言われた気がする……。
……じゃあ、やっぱり私って……。
「いつもの調子で、リナリア姫様らしいお言葉を、掛けて差し上げればよろしいのです。それで傷付いてしまわれたとしても、フレデリック様は恨んだりなどなさいませんわ。むしろ……別れの言葉ひとつ残さぬまま、帰ってしまわれた方が……よほど傷付かれると思いますわよ?」
「……そう……かな?」
「ええ。そうですとも」
当然だと言わんばかりの即答に、私は思わず笑ってしまった。
「そっか。……そーだよね。ここでウジウジ悩んでたって、どーしよーもないもんね。――うん、わかった。行って来る!」
アセナさんにお礼を言うと、フレディ目指して、まっすぐに歩き出す。
また、無神経なこと言っちゃうかも知れない。
よけいなこと言って、傷付けちゃうかも知れないけど――。
でも、何も言わずに国へ帰るなんて、やっぱりヤダ。
ちゃんとさよならを言って――出来れば、笑ってお別れしたい。
私の大切な……将来、弟になる予定の人なんだもん。
避け合うような仲になんて、なりたくないよ。
側まで近付くと、気配を感じたのか、フレディはおもむろに顔を上げた。
「……リナリア」
思ったより、驚いてはいなかった。
私が後を追って来ることを、予想していたのかも知れない。
「ちょっといいかな? 私……あなたに話さなきゃいけないことがあるの」
「話さなきゃ……いけないこと?」
「うん」
「国へ帰ることなら知っているぞ。アセナからも聞いたし……父上もおっしゃっていたからな」
ふいっと目をそらし、フレディは覇気のない声で答える。
「ううん、違うよ。私が言いたかったのは……」
ごく自然に、彼が座っているベンチの隣に腰を下ろす。
彼は一瞬ビクッとしたけど、特に何も言ったりはしなかった。
「私が言いたかったのは、ありがとう――ってこと」
「……ありがとう?」
「うん。まだ、お礼を言ってなかったから。私のこと、かばってくれてありがとう。それから……ごめんね。ひどいケガ負わせちゃって……」
「ああ……そのことか」
彼はつまらなそうにつぶやくと、視線を落とした。
「べつに、礼を言われるほどのことじゃない。僕がああしなければ、兄上がしておられただろうし……。おまえが傷付けられていたとしても、兄上が救ってくださっていたはずだ。……配役が違っていただけのことさ」
「フレディ……」
素っ気ない言い方に、ちょっと悲しくなったけど。
でも……こんなことくらいで、くじける私じゃないもんねっ!
「もしもの話は置いといて。現実に、身を挺して守ってくれたのはフレディでしょ? だからやっぱり、ありがとうって言いたい。あなたは私の、命の恩人だよ」
「…………」
彼は何も言わず、私を見ようともしなかった。
それでも私は、メゲずに先を続けた。
「帰る前に、どうしても、それだけは伝えたかったの。それから……ギルの気持ちも」
ギルの名を口にしたとたん、彼の肩がビクンと揺れた。
「ギルね、言ってたよ? フレディが、私に『好きになってごめん』って言った時、すごく心が痛んだって。人が人を好きになる気持ちは、誰にも咎められるものじゃないのにって。ごめんなんて言わせちゃったのは、自分だと思ったら、堪らなかったって。……それでね? その時、『これで許せる』って思ったんだって。フレディを受け入れられる。これでやっと、普通の兄弟になれそうだって」
フレディは、ゆっくりと私に視線を移し、呆然とつぶやいた。
「兄上……が?……僕を……許してくださると……?」
「うん。『フレディに罪がある訳でもないのに、許すというのも、おかしな話だけれど』とも言ってたよ?……だからね。大丈夫だよフレディ。近いうちに、ギルの方から、ごめんねって言って来るよ。次に、ちゃんと向かい合った時には、フレディの大好きなお兄さんに、戻ってくれてるはずだから」
「兄上……。兄上が……僕を……僕を……許し……て?」
気が付くと、フレディの両目から、涙がポロポロとこぼれ落ちていた。
思わずもらい泣きしそうになったけど、そこはグッと堪えて、頑張って笑みを浮かべる。
「リナ……リア」
涙を拭いもせず、彼は私の名を呼んだ。
「ん? なあに、フレディ?」
「今、だけ……。最後に、ひとつだけ……我儘を聞いて、くれないか……?」
『断られたらどうしよう?』――顔にそう書いてあった。
心細げなフレディを励ますように、私はコクリとうなずく。
「うん、いいよ。なにをすればいいの?」
「……胸、を……」
「へっ!? 胸ッ!?」
予想外のワードにギョッとし、うろたえる。
そんな私とは対照的に、彼は少しも慌てることなく。
「少しの間でいいんだ。胸を……貸してくれないか?」
「……あ。……ああ……。なんだ、そーゆーこと……」
あーーーっ、ビックリしたぁああっ!
いきなり、何を言い出すのかと思ったよぉおお~~~っ!
私は数回深呼吸し、気持ちを静めてから、フレディに向き直った。
「わ……わかった。ちょっとだけ……ね?」
ドキドキしながら、私はおずおずと両手を広げる。
「リナリアっ!」
とたん、彼はすがりつくみたいにして、私の胸に飛び込んで来た。
小さな男の子みたいに、声を上げて泣く、彼の頭を撫でながら。
私は必死に、ギルに向かって、心の中で弁解し続ける。
ごめんねギル。
今だけ……今だけだからっ。
フレディが、泣き止むまでの間だけだからっ。
だからお願い! 大目に見てね?
ヤキモチ焼かないで……ね?
彼は今、子供なの。
小さな子供の頃に戻って、私を母親みたいに思って、泣きついてるだけ。
小さな子にヤキモチ焼いたって、しょーがないでしょ?
だから……ね?
お願いだから許してーーーっ!
フレディに、他意はないとわかってても。
ギル以外の男の人を胸に抱くのは、すごく抵抗あったし、後ろめたさもあった。
ギルに弁解しているようでいて、ホントは、自分に言い訳してるんだってことを、充分自覚しながら。
私はひたすら、フレディが泣き止んでくれるのを待った。




