第13話 恋人の選択
アナベルさんが死刑を宣告された場合、自分も死のうと思っていた――というようなアセナさんの告白に、私はヒヤッとして声を上げた。
「そんな! アセナさんが死ななきゃいけない理由なんてないじゃな――っ」
「いいえ! 理由はございます。アナベル様に、毒の話をお聞かせしてしまったのも、実際に購入し、お見せしたのも私なのですから」
「でも、ちゃんと保管してたんでしょ? 知らない間に、盗まれるかすり替えられるかしちゃっただけなんでしょ? だったら、アセナさんには、死罪になるほどの罪なんてないじゃない!」
「いいえ!……アナベル様は、我が主。私が、一生お仕えすると誓った、かけがえのないお方です。そのお方が、罪人となられたのであれば、共に罰を受けるのは当然でございます!」
「えっ? アセナさんの主って……フレディじゃないの?」
「アナベル様が、幽閉という罰をお受けになられたと同時に、フレデリック様の専属執事に任命されたのです。アナベル様の大切なお子様であらせられる、フレデリック様の執事ということであれば、全力で務めさせていただくのは当然のこと。ですが……私が主と定めておりますのは、今も昔も――そしてこれからも、アナベル様お一人でございます」
強い意志を感じさせる眼差しで、アセナさんはまっすぐに見返して来る。
騎士が、生涯ただ一人の主を定めるように、執事もまた、同じような気持ちで、主を定めるってことなんだろうか?
だとしたら……ウォルフさんも、ギルをただ一人の主として、定めてるのかな?
……この世界の主従関係って、すごく繋がりが深いんだなぁ……。
しみじみと感動してるところに、
「おまえが誰を主と定めていようが、そんなことはどうだっていい! 今私が知りたいのは、たったひとつだけだ。結局おまえは、その主とやらの口から、真実を聞き出せたのか? それとも、何も知り得ぬうちに――あの女は、あのような状態になってしまったのか?」
ギルの厳しい声が飛び、私はようやく我に返った。
「……申し訳ございません。真実をお聞きすることが出来ぬまま、アナベル様は……」
頭を垂れるアセナさんを、しばらくの間、じっとにらみ据え。
ギルは深いため息をつくと、辛そうに顔を背けた。
「わかった。もういい。……もう疲れた。どれだけ真実を知りたいと願っても、どうせ、これ以上のことは出て来はしないのだろう? それに……真実が知れたところで、母上は……戻って来てはくださらない」
疲れ切ったような、ギルの言葉が切なくて、胸がキュッとした。
私は彼の手を両手で握り、腕におでこを押し当てる。
彼は黙ったまま、優しく頭を撫でてくれて……それからアセナさんに向き直ると、暗い声で告げた。
「アセナ、これで気が済んだか?……話が済んだなら、出て行ってくれ。すまないが、ウォルフ――おまえもだ」
「ギルフォード様!……ですが、私はまだ……罰を受けておりません!」
アセナさんの言葉に、ギルは訝しげに目を細める。
「罰?……いったい、何の話だ?」
「で、ですから……! 毒のことを、長年黙っていた罪と、勝手に毒を処分した罪と、それから――」
「もういいと言っただろう。……疲れたとも言った。今更、おまえを罰したところで何になる? それに、おまえはただ――罰を受けることによって、己の罪の意識を、軽減したいだけではないのか? そんなくだらない理由で、私をわずらわせるな。いい迷惑だ」
「……ギルフォード……様……」
呆然とつぶやくアセナさんの肩に、ウォルフさんは柔らかく手を置き、微笑むように目を細めた。
「アセナ。我が主が、許すとおっしゃっているんだ。――失礼しよう」
「し……しかしウォルフ――」
「いいんだ。……さあ、行こう」
アセナさんに優しく語り掛け、労るように肩を抱いて、ウォルフさんはドアへと向かう。
彼らはドアの前で振り向き、私達に向かって一礼すると、静かに部屋を出て行った。
私は彼らを見送りながら、
(ウォルフさんが敬語使ってないところって、初めて見たなぁ。姉弟の間じゃあ、やっぱり敬語は使わないのか……)
なんてことを考えていて。
深刻な話の後でも、こんなどーでもいいようなことを考えてる私は……やっぱり、ちょっとのんきなのかも知れない。




