第15話 初めての……
「ん――っ!」
驚いて体を引こうとしても、ギルは抱え込むようにして、唇を重ね続けた。
その間、徐々に体から力が抜けて行くのを、私はどうすることも出来なかった。
彼の肩に置いた手が、微かに震えているのを感じる。
さっきとは違う意味で、全身が震え出し、気が遠くなりそうになるのを、必死に堪えていた。
しばらくして。
唇を離したギルは、ぼうっとしている私を見て、くすりと笑った。
「……ね? 涙は止まったろう?」
言われたとたん、かあっと頭に血が上る。
「な…っ、ひど…ッ!――私、本気で怖かったのに! ギルに何かあったらって思ったら、ホントに怖くて堪らなかったのに、またそうやってからかって――! もうっ、ギルのバカっ! 嫌いッ!! 大っ嫌――」
「私は大好きだよ」
「――っ!……ギ――ル……?」
見つめる私の瞳に、温かい――それでいて、真剣な眼差しのギルが映る。
彼は右手で肩を抱き、左手で頬に触れながら――もう一度告げた。
「私は君が好きだ。……好きだ。好きだ。何度言ったって足りないほど、君のことが好きだ。愛している。この気持ちだけなら、他の誰にだって負けない」
「……ギル……」
「ああ……。こんな平凡なことしか言えない自分が口惜しいよ。どうやら私には、詩人の素質は露ほどもないらしい。君を感動させられるほどの美しい言葉を紡いで、湧き上がる熱い想いを伝えたいのに……。好きだ、愛しているという言葉以外、何も浮かんで来やしない。……リア。こんなつまらない男でも、君は好きだと思ってくれるかい?」
不安げに覗き込む、ギルの綺麗な瞳。
見る角度や、光の当たり方によって、グリーンにもアンバーにも見える、不思議な瞳の色。
この瞳が、私は大好きだった。
目にするたびに、うっとりと見惚れてしまう……ずっと見ていたくなる瞳。
その瞳に魅入られながら、私はこくりとうなずいた。
こうやって告白されるのは、初めてじゃないのに……。
今までだって、何度も、似たようなことは言われてるのに……。
なのに、どーしてこんなに、胸が熱くなるんだろう?
嬉しくて、幸せで……胸が詰まって……。
どーしよう。
また泣いちゃいそうだよ……。
「リア……」
涙のせいで視界が霞んで、ギルの輪郭が歪む。
でも、顔が近付いて来るのはわかった。
わかったけど……私は避けなかった。
避けずに彼の唇を受け入れた瞬間、閉じた瞼から、涙がこぼれ落ちる。
ギルが好き……。大好き……。
ああ……こんなにも私は、ギルが好きだったんだ……。
改めて思い知るほど、その優しい――長いキスは、私の心を震わせた。
愛しさが溢れて来て……でも、どうすれば、この気持ちを伝えられるのか、わからなくて……。
ただ必死に、彼の肩にしがみついていた。
唇が離れ、彼の熱い視線が注がれる。
「リア。愛している……」
ささやくと、また唇がふさがれ――離れると、またささやかれて……唇が重なる。
そんなことを、何度か繰り返して……。
「……足りない。この程度では……とても埋まらない」
ふいに。
独り言のようにつぶやいた後、彼は私の頬に片手を当て、顎まですべらせると、親指だけで、スッっと唇を撫でた。
「え……?」
『足りないって、何が?』
ぼうっとしながら、訊ねようとした瞬間。
私の口中に、彼の親指が差し入れられ、驚いて目を見開く。
戸惑いつつ見つめると、彼はゆっくりと私の歯の間で親指をスライドさせ、唇の端から引き抜いた。
ホッとして口を閉じようとすると、今度は荒々しく唇が重なり、親指じゃないもの――何か温かいものが、口中へと侵入して来た。
「は……っ?――ん――……んんっ……」
ぬるりとした感触に、体が硬直する。
な――……なに、これ……?
……こんな、の――知らな……っ。
それがギルの舌の感触だと、すぐに気付きはしたけれど。
あまりにも衝撃が大きすぎて、身動きひとつ出来ない。
ただ驚いて――今起こっていることが、信じられなくて。
私は両手を彼の肩に置き、されるがままに身を委ねていた。
……苦しい。
苦しくて、体が熱くて……。
なのに、フワフワして……キュンってなって……。
……あぁ……ダメ……。
頭が……頭が、真っ白……に……。
「――ん――んっ、……ふぁ――……」
生まれて初めて知る、不思議な……体中が、甘くしびれる感覚。
その初めてに翻弄されながら、だんだんと私の意識は遠のいて行き――……。
朦朧としながらも、再び意識が戻って来た時。
私はぐったりとして、ギルの体に寄り掛かっていた。