第11話 誤解が生んだ悲劇
アセナさんが告げた『セレスティーナ様がおっしゃった言葉』は、かなりの衝撃を私達に与えた。
ギルのお母様が、本当にその言葉を口にしたとするなら、それまで抱いていた、私達の『セレスティーナ様像』が、見事に打ち砕かれてしまう。
『優雅でたおやかで、心根のお優しい』『上下関係なく誰からも好かれる』というセレスティーナ様の印象が、ガラッと変わってしまうから。
「う……っ、嘘だっ!! そのような無神経なことを、母上がおっしゃるはずがない!! 嘘だっ、嘘に決まっている!!」
ギルは椅子から立ち上がり、あらん限りの声を張って訴えた。
アセナさんはゆるゆると首を振り、
「いいえ。そのようにおっしゃったことは事実です。私はその場におりませんでしたが、アナベル様付のメイド数人が、共にその言葉を聞いたと申しておりました」
「そ……そんな……」
全身から一気に力が抜けてしまったかのように、ギルは椅子に座り込んだ。
私は子供を生んだこともないし、まだ、子供が欲しいと望む歳でもないから、実感としてはわからないけど……。
でも、同じ女としてなら。
それを言われた時のアナベルさんのショックは、想像出来る。
愛する人との子供が欲しいって気持ちは、結婚した後の女性なら、自然に願うことだと思う。
でも、どんなに願っても、望んでも……その時のアナベルさんには、それが叶わなかった。
だからこそ涙をのんで、側室を迎えることを承知して、国王様と側室との間の子――ギルの誕生も、受け入れようと努力してたんだろう。
なのに、『生めないあなたの分まで、私がたくさん子供を生んであげる』なんて言われたら……しかも、笑って言われたら、すっごく傷付くよ。
相手に悪気がなかったとしても、『当て付け!?』って、どーしたって思っちゃうよね……。
どーして……。
なんでセレスティーナ様は、そんなひどいことを言っちゃったんだろう?
ギルのお母様のことを、悪く思いたくなんてないけど。
こればっかりは『ひどい』としか思えなくて、私は暗い気持ちでうつむいた。
重い空気の中、アセナさんは付け足すように話し出す。
「誤解しないでいただきたいのですが、セレスティーナ様は、決して、嫌味や当て付けのおつもりで、おっしゃった訳ではございません。心から、アナベル様に同情なさっていたからこその、お言葉だったのです」
「アナベルさんに同情してたからこそ?……『生めないあなたの分まで、たくさん子供を生んであげる』って言葉が?」
言ってしまってから、私はハッとし、両手で口元を覆った。
だって……。
どーしてあの言葉が、『アナベル様に同情して』ってことになるのか、さっぱりわかんなかったんだもん。
私の疑問に、アセナさんは穏やかな顔でうなずいた。
「はい。先ほども申しましたように、セレスティーナ様は、とてもおっとりとなさった、邪気のないお方でございました。浮世離れした感覚をお持ちでいらっしゃった、とでも申しましょうか……。お子様のように純粋で、素直なお方だったのです。ですから、あのお言葉も、『陛下の血を受け継いだ子は、私だけではなく、正室でいらっしゃるアナベル様のお子でもあります。二人で協力し合って、陛下に喜んでいただけるような良い子を育てて参りましょう』という意味を込めて、おっしゃったおつもりだったらしいのです」
「二人で協力して……育てる?」
「はい。――私も、セレスティーナ様が、あのようなお言葉をアナベル様におっしゃった訳を、長い間考え続けていたのですが……。後に、セレスティーナ様付のメイドから聞いたのです。セレスティーナ様は、常日頃から、アナベル様のことを気に掛けていらっしゃったと。『愛する陛下との御子を授かれないなんて、どれほどお辛いことでしょう。私に出来ることがあるなら、何でもして差し上げたい』と、事あるごとにおっしゃっていたそうです」
「そっ……か……。あの言葉は、『生めないあなたの代わりに私が生むから、生まれてきた子は二人の子として、大事に育てて行こう』……とか、そーゆー意味を込めた言葉だったんだね」
ホントに、嫌味や当て付けのつもりじゃなかったんだ。
ただ、言葉のチョイスが、イマイチ甘いってゆーか……どう受け取られるか深く考えずに、説明不足の言葉を、ポロッと言っちゃっただけで……。
う、うぅ~ん……。
とにかく、ちょっと『天然』っぽい人だったのかも。
「――ですが、それを知るのが遅すぎました。セレスティーナ様のお心を、もっと早くに確かめていられたなら……アナベル様も誤解などなさらず、お二人が親しくなられる未来だって、訪れていたかも知れませんのに……。私の責任です。私が、セレスティーナ様付きのメイドに、直ちに事情を訊ねていれば、あのような悲劇は、きっと起こらずに済んでいた……!」
こんなに弱気なアセナさんを見るのは、初めてだった。
なんだか、打ちひしがれた様子の彼女が、すごく痛々しかった。
やるせない想いで見つめてから、ギルを何気なく窺うと。
セレスティーナ様の本心がわかって、少し安心したのか、さっきよりも穏やかな顔でうつむいている。
私はホッとして、アセナさんに視線を戻し、彼女の話の再開を待った。
「その出来事がございましてから、アナベル様は、セレスティーナ様を悪く思うようになってしまわれました。陛下にも、『あの女は、陛下の前で演技をしているだけ』『陛下は騙されている』などと、告げ口なさったり……。あの頃は、陛下も大変お困りのご様子でした。冷静になる機会を持たせた方がよいのではと、少しの間、アナベル様と距離を置かれましたり、セレスティーナ様が、どんなに思いやり溢れる女性であるかを、陛下自ら伝えようとなさったりして……。セレスティーナ様に対する悪印象を、どうにかして払拭しなければと、懸命に努めていらっしゃいましたが……残念なことに、どれも逆効果でございました。アナベル様は、『陛下は、あの女ばかり大事にして、私のことを気に掛けてくださらない』と、ますます思い詰めてしまわれたのです」
「……はー……。国王様が、セレスティーナ様のことをかばえばかばうほど、憎しみが増してっちゃったワケかぁ……。それは確かに、困っちゃっただろうね……」
「はい。フレデリック様がお生まれになった時、これで少しは、状況が回復へ向かうのではないかと、陛下も期待しておられたのですが……。ようやく授かった、待望のお子様でしたので、アナベル様は必要以上に、フレデリック様に過保護でいらっしゃいました。ほんの少しでも、ご自分の側から離れて行かれようとなさるものなら、大騒ぎなさって、フレデリック様をお叱りになられましたり……。玩具に触れることさえ神経質になられて、満足に遊ばせて差し上げなかったり……。常にそのような状態でしたので、幼いフレデリック様にとってのアナベル様は、素直に甘えられる存在ではなくなっていたのでしょう。優しく接してくださるセレスティーナ様や、ご一緒に遊んでくださるギルフォード様に、より懐いてしまわれました。それがよけいに、アナベル様のお心を、蝕む原因となってしまったのだと思います」
深いため息をつき、アセナさんは考え込むように目を閉じた。
そして再び目を開き、
「それなのに。……アナベル様の精神状態が、不安定な時と、充分心得ていたにもかかわらず、私は、過ちを犯してしまったのです。アナベル様の前で、『市場で見掛けた東国の男が、珍しい毒があるから買わないかと言って来た』などという話を、うっかりお聞かせしてしまった……」
どこか遠くを見つめ、その日のことを思い出しているかのように、彼女はしばし沈黙した。