表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赤と黒の輪舞曲~【桜咲く国の姫君】続編・ギルフォードルート~  作者: 咲来青
第17章 過去との決別

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

196/225

第9話 青天の霹靂

 西の塔からギルの部屋へと戻って来ると、アセナさんがドアの前にたたずんでいて、


「ギルフォード様、リナリア姫様。お話したいことがございます。お部屋に入れていただけませんか?」


 いつもの彼女とはどこか違う、すごく真剣な声色で訊ねて来た。


「私は構いませんけど……。ギル、いいよね?」



 いくらギルが、アセナさんを嫌ってても。

 ここまで真正面からお願いされたら、さすがに断れないと思う。



 ギルは一瞬、不快そうに顔をしかめたけど、ため息をついてから、渋々といった風にうなずいた。


「では……私は、何かお飲み物をお持ちいたしましょうか?」


 ウォルフさんの申し出に、アセナさんは素っ気なく首を振る。


「あたしには必要ないわ。あなた達の分だけで結構」

「……わかりました。では、そのように」


 ギルと私に一礼すると、ウォルフさんは調理場へ向かった。

 彼を見送った後、ギル、私、アセナさんの順で部屋に入る。


 ドアを閉め、アセナさんは開口一番、


「ギルフォード様。私はあなた様に、謝らなければならないことがございます」


 神妙な口調で告げて来て、私達は驚いて振り返った。


「『謝らなければならないこと』だと?――私に?」


 ギルの問いに、彼女はこくりとうなずく。


 彼女の態度は、いつもみたいに、丁寧(ていねい)ではありつつ、どこか距離を置いているような態度とも、満月の夜の時のように、小馬鹿にしている態度とも違っていた。


 戸惑いを覚えつつ、私とギルは、そっと顔を見合わせた。


「本来ならば、もっと早い段階で、お詫びせねばならぬことでございました。ですが……さるお方に、誰にも言わぬようにと命じられておりましたので、今まで、謝罪することも出来ず、いたずらに年を重ねてしまいました。誠に申し訳ございません」


 深々と頭を下げるアセナさんを前に、


「前置きはいい。どういうことだ? おまえが私に謝らなければならない理由を、さっさと話せ」


 ギルは眉間にしわを寄せ、面倒そうに言い放つ。

 アセナさんは頭を下げたまま――いきなり何を思ったか、その場に正座し、土下座のような姿勢を取り始めた。


「な――っ!……ど、どういうつもりだアセナ!?」


 普段とはまるで違う態度に、意表を突かれたのか。

 ギルはうろたえた様子で、一歩足を引く。


「東方の国では、心よりの謝罪の意を表する時、このような姿勢で頭を下げると聞き及んでおります。私の精一杯の、お詫びの(あかし)です」


「東方の国だと?……そう言えば、リア。確か君も、イサークのことで許しを請う時、このような姿勢で頭を下げていたね? もしかしてこれは……君の世界での、謝罪の仕方でもあるのかい?」


 急に話を振られ、ドキッとして背筋を伸ばす。

 私は彼を見上げ、何度もうなずいて、その通りだということを示した。


「あ、でも。これは、ホントに最後の手段ってゆーか……。私のいた国でも、滅多なことでは、ここまではしないよ?……えっと、最上級のごめんなさいとか、そんな感じの謝り方……かな?」


「最上級の……ごめんなさい?」


 つぶやいた後、ギルは意地悪な笑みを浮かべ、アセナさんを見下ろした。


「アセナが私に『最上級の謝罪』だと?……フッ。特異なことがあるものだ。リアに不埒(ふらち)な真似をした時でさえ、謝罪の意思すら示さなかったおまえが?……いったい、どれほどの大罪を犯したと言うんだろうな? 俄然(がぜん)、興味が湧いて来たぞ」


「ギル! いくらなんでも、その言い方はないよ。ここまでのことするのって、ホントに勇気がいるんだよ? 体裁(ていさい)の悪さも、自分の中の誇りにも目をつむって、えいやって気持ちで(のぞ)むんだから。誇り高い人ほど、難しいことだったりするんだよ?……まあ、体裁とか誇りとか、一切気にしないって人には、簡単に出来ちゃうらしいし、謝罪しようって気のない人でも、出来ちゃう人はいるらしいけど……。でもアセナさんは、そんなタイプの人達とは違うでしょ? ホントに、心から悪いと思ってるんだよ」


 見るに見かねて注意すると、すかさずアセナさんが声を上げた。


「リナリア姫様! お気持ちは、大変ありがたく存じますが……よいのです。私は、ギルフォード様に対し、それだけのことを――いいえ、このような謝罪では、とても足りないほどの罪を、犯してしまっているのですから」


「……アセナ、さん……?」



 『このような謝罪でも足りないほどの罪』?


 ……それっていったい、どーゆーこと?

 アセナさんは、どれほどの罪を犯したってゆーの……?



 なんだか、聞くのが怖くなって来てしまって。

 ギルの腕にもたれるようにしがみついた。


「リア……」


 彼も同じ気持ちみたい。

 不安げな表情で私を見つめ、そっと頭に手を置いた。


 彼は、再びアセナさんに目をやると、いら立ちを隠せない様子で。


「もったいぶらずに、早く話したらどうだ!? おまえが犯した罪とは――私に謝罪しなければならぬ理由とは、いったいなんだ!?」


 彼女は更に頭を垂れ、数秒ためらってから、思い切ったように口を開いた。


「私は……。私が罪を犯したのは、今から十一年前。セレスティーナ様とギルフォード様に毒が盛られた、あの()まわしい日の……少し前のことでございます」


「な……!」


 短く声を上げた後、ギルは青ざめて絶句する。

 私は彼の腕にしがみついたまま、アセナさんの言葉を心の内で繰り返し、同じく言葉を失った。



 アセナさんが罪を犯したのは、十一年前……?

 ギルとセレスティーナ様に、毒が盛られた日?



 それって……。

 それってまさか。


 あの事件に、アセナさんも関わってたとか……そう言う意味じゃないよね?



 心が、スゥっと凍りついて行く気がした。

 まだ、そうと決まったワケじゃないのに……彼女の話の続きを聞くのが、怖くて堪らなかった。


 私でさえこうなんだから、ギルはきっと、それ以上に怖かったと思う。

 いつの間にか、その手は微かに震えていた。



「どう……いう、ことだ……? アセナ、おまえは……おまえはなにを……何を言おうと、して……?」


 長い沈黙の後。

 気力を振り絞るようにして、ギルはアセナさんに問い掛ける。


 彼の手の震えは、徐々に大きくなって行き、動揺の激しさが、直に私に伝わって来た。

 それなのに、私はどうしてあげることも出来ない。

 ただ、その手を離さぬように、ギュッと握っていることしか出来なかった。


「私は……。十一年前、私は……」


 そう言ったきり、アセナさんは再び口を閉ざした。

 またしても、長い沈黙が訪れ……その重苦しい空気に、耐えられなくなったのか。


「いい加減にしろッ! いつまで待たせるつもりだ!? 私達を()らすだけ焦らし、心の内でほくそ笑んでいるのか!?……もう待つつもりはない! さっさと、洗いざらい白状したらどう――っ」

「アナベル様に毒をお渡ししたのは私です!! あのお方に、取り返しのつかない罪を犯させてしまったのは――この私なのですッ!!」


 アセナさんの告白は、ギルの言葉を切り裂くように発せられた。

 私とギルは瞬時に凍り付き、呆然と立ち尽くす。


 そして、再びの沈黙の後――ノックの音が響き、


「お飲み物をお持ちいたしました。入室してもよろしいでしょうか?」


 いつもと変わらない、ウォルフさんの穏やかな声が聞こえた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ