第8話 恋人の真価
フレディのことをも思い、涙するギルの姿に、しみじみ感動しながらも。
彼の気持ちを、ほんの少しでも軽くしてあげたくて、私は自分の思っていることを伝えた。
「確かに、フレディはかわいそうなことになっちゃったけど……。でも、フレディには、ギルも国王様もいるじゃない。だから、きっと大丈夫だよ」
「……私……が?」
ハッとして顔を上げた後、心細げに訊ねる彼に、大きくうなずいてみせる。
「そーだよ。ギルがいるんだから、フレディは大丈夫。……ね? これからはギルが、フレディを支えてあげて? 数年後に、フレディがこの国を継ぐために必要なこと……たくさん教えてあげてよ。次期国王候補として、ずっと頑張って来たギルになら出来るでしょ?」
「……私が、フレディに?……しかし、私は散々、君のことでフレディを傷付けてしまった。……恐らく、もう以前のように接してはくれまい――」
「そんな気がするだけでしょ? 本人に確認取ったワケじゃないんだし、決め付けるのはよくないよ。……でも、まあ……その前に、ギルの方から、ちゃんと謝らなきゃいけないとは思うけど」
「……謝る……」
「そう。ひどいこと言って、ひどいことしてごめんねって、謝るの。そしたら、きっと許してくれるよ。なんたってフレディは……元々は、かなりのブラコンなんだから」
「……ブラ……コン?……それはどういう意味だい?」
う、う~ん……。
ブラコンも通じないか、やっぱり……。
私はくすりと笑ってから、『お兄さんのことが、好きで好きで堪らない弟――とかね、そんな感じの意味』と説明した。
彼は少し戸惑ったように、
「好きで好きで堪らない?……フレディが……私を?」
なんてつぶやいていて、ちょっと意外に思った。
ギル……もしかして、今まで全然、気付いてなかったのかな?
フレディってば、やたらとギルのこと褒めちぎって、あんなに懐いてたってゆーのに……。
なんだか、フレディが気の毒に思えて来て……つい、大きなため息を漏らしてしまった。
すると、彼はようやく体を離し、
「リア――? ため息などついて、どうしたんだい? 私は何か、君を呆れさせるようなことや、失望させるようなことをしてしまった?」
私の頬を挟み込み、不安げに顔を覗き込む。
「う~ん……。ちょっとだけ、ね……」
曖昧に答えると、彼は深刻な顔になって、
「本当に? それはどんなことだい?――リア、私に気に入らないところがあるなら、すぐに言ってくれ。内容によっては、直すよう努力する。私の中に、君に嫌われる要素があるなんて耐えられないよ。君に嫌われたら、私は生きて行けない」
まるで、この世の終わりみたいなことを言い始めて、私は慌てて首を振った。
「ちっ、違うってば! べつにギルが嫌いとか、そーゆーんじゃないからっ!」
「では、どういうことなんだい? ため息の理由を聞かせてくれ」
「え……。えっと、だから……」
「だから?」
彼の顔が間近に迫る。
いつもだったら恥ずかしくて、ギュッと目でもつむってるところだけど――。
素早く彼の首に手を回し、引き寄せるようにして唇を重ねた。
彼は大きく目を見開いて、私の顔から手を離す。
私は慌てて背を向け、
「ギルの中に、嫌う要素なんてあるワケないでしょっ! 何度も言ってるじゃない。『どんなギルでも大好き』って」
顔を熱くしながら、キッパリと言い放った。
「……リア……」
私の名をつぶやくと同時に、彼は後ろから私を抱きすくめる。
「ありがとう、リア。……私もだよ。君の全てを、愛している」
耳元で熱っぽくささやかれたとたん、全身がほてり出し……私の胸はきゅうんとなって、一気に羞恥心が押し寄せて来た。
「もうっ、何言ってるのよこんなところでっ? 恥ずかしいからやめてってば!」
「そんな――! 先に言い出したのは君じゃないか! 私の気持ちを昂らせるだけ昂らせて、また寸前で逃げるつもりかい?」
「にっ、逃げてるワケじゃないもんっ! 恥ずかしいから離してって言ってるだ――っ」
「離さない! 絶対に離すものか! 一度燃え上がった炎は、そう簡単に消せはしないよ!」
彼はくるりと私を振り向かせ、左手を腰に回し、右手を後頭部に当てると、覆い被さるように唇を重ねて来た。
「ん――っ!」
彼の胸に両手を当て、必死に押しやるけど、どうにも抗いようがなく……。
結局、いつものように、彼のペースにのみ込まれてしまう。
長い――長いキスの後、ぼうっとする私の顔を、熱い瞳で覗き込み。
片手を頬に当て、彼は再び、顔を近付けて来て――。
「これはこれは。どうやら、私はまたしても、お邪魔してしまったようでございますね。……まさか、このような時にまで、お二人が盛っておられるとは、夢にも思いませんでしたので――。思慮が浅く、誠に申し訳ございません」
ギョッとして、二人同時に振り返ると、いつの間にか、ウォルフさんが立っていて。
僅かに首を傾けつつ、こちらをじぃっと見つめていた。
「ウォ――っ、ウォルフ! おまえはまたそうやって、私達の邪魔を……っ!」
「ですから、『申し訳ございません』と、謝罪させていただいたのですが。……いや、しかし……お元気そうで安心いたしました。今回のことは、ギルフォード様にとっても、さぞやお辛いことであったろうと、気掛かりで様子を見に参ったのですが……。全くの杞憂でございましたね。ギルフォード様は、リナリア様さえお側にいらしてくださるのであれば、何の心配もいらぬご様子――」
「う…っ」
ギルは絶句して、気まずそうにウォルフさんから目をそらし、私は恥ずかしさのあまり、深く、深くうつむいた。
――こうして。いつものように、いつものごとく。
私達はウォルフさんの前で、醜態をさらしてしまったのだった。