第5話 許されざること
「冗談はお止めください! いったい、どういうおつもりなのですか!? こんなところへ私達を呼び出して……何かの余興のおつもりか!?」
真っ先に口を開いたのはギルだった。
彼はテーブルに両手を思い切り叩き付けて立ち上がると、怒りの感情を隠そうともせず、大声で国王様を責め立てた。
「隠居する!? フレディに王位を譲って、隠居するですって!? ふざけるのも大概になさってください! フレディが、今幾つだとお思いですか!?――十五ですよ!? まだ十五の息子に、重責を押し付けて、一人のんきに隠居だなどと……! そんな身勝手なことが、本当に許されるとお思いなのですか!?」
「ギル……」
私は隣の席のギルを見上げてから、国王様に視線を戻した。
この国の問題に、私が口を出せるはずもないけど……。
でも、ギルが怒るのは、もっともだと思った。
病気とか、すごく年を取っていて、体力に自信がないとか。
はたまた、認知症になってしまって、続けたくても続けられない――って状態ならわかるけど。
国王様は、まだまだお若い(実年齢は知らないけど、見た目はせいぜい四十代ってとこだ)し、あと数年で隠居するなんて……。
失礼な言い方かも知れないけど、国務放棄としか思えなかった。
「今すぐとは言っていないよ。あと数年もしたら……と言ったんだ」
「数年でしょう!? 十数年でも、数十年でもないのでしょう!? ならば同じことです! 九年後としたって、フレディは二十四だ。早すぎるとは思わないのですか!?」
「……幼年期でも、国を継いだ王の例は、いくらでもある。特別早いとは思わないよ」
「それは国王に、差し迫った問題があった場合の話でしょう!? あなたはそんなにお元気で、まだまだお若いではないですか!」
「健康状態や年齢だけが、退く理由になる訳ではないだろう?」
「ならば何なのです!? あと数年で退位せねばならぬほどの差し迫った問題とは、いったい何なのですかッ!?」
怒りに任せてしゃべり立てたせいか、短距離を全力で駆け抜けた後のように、彼の肩は大きく上下していた。
顔はすっかり紅潮し、ついさっきまで、真っ青だったのが信じられないほどの変貌ぶりだった。
急激な体と心の変化に、彼がどうかなってしまうんじゃないかと、ヒヤヒヤしつつ。
私はただ、見守ることしか出来なかった。
「ギルフォード様。どうか落ち着いてください。陛下も、何か深いお考えがあって、発言なさったのでございましょう。もう少々、陛下のお言葉に耳を傾けられてから、お考えを述べられた方がよろしいのではありませんか?」
後ろで控えていたウォルフさんが、穏やかに声を掛けると。
ギルは彼を振り返ってにらみつけ、
「だからっ! その『深いお考え』とやらは何なのかと訊いているんだっ!――ウォルフ、おまえが口出しすることではない! 少し黙っていろ!」
いつもの彼らしくない、敵意むき出しといった表情で叱責する。
「……はい。差し出がましいことを申し上げました。お詫びいたします」
ウォルフさんは、素直にギルの言い分を受け入れ、一礼して後方に退いた。
ギルは国王様に向き直り、再び問い掛ける。
「さあ、早くおっしゃってください! 数年で退位せねばならぬ理由とは、いったい何なのです!?」
「……それは――」
国王様が口を開いたとたん、隣にいたアナベルさんが、国王様にしな垂れ掛かった。
「ねえ、テオ。何の話をしているの?……あの人、さっきからテオに、ひどいこと言ってるみたいだし……。どうしてあんなに怒っているのか、さっぱりわからないわ。……ベル、あの人嫌い。さっさと、ここから追い出しちゃいましょうよ。それがダメなら、早くこんなところから出て、庭で一緒に遊びましょう? ね? いいでしょテオ?」
甘えたような声色でねだり、国王様をじっと見上げる。
「な――っ」
瞬時に顔色を変え、ギルはアナベルさんを凝視した。恐ろしい生き物でも目にしてしまったかのように、顔色は真っ青だ。
私達の反応も、それほど大差はなくて。
何やら、得体の知れない現象にでも巻き込まれてしまったかのように、ただただ呆然と、彼女を見つめるばかりだった。
「ベル。もう少しで終わるから、我慢しておくれ。これが済んだら、庭で遊ぼう?」
国王様は、いつもの穏やかな調子で話し掛けると、アナベルさんの頭をそっと撫でた。
アナベルさんは、子供のようにぷうっと頬をふくらませ、
「いやっ! 今すぐテオと遊びたい! こんな人達放っておいて、ベルと遊んでっ! 遊んでくれなきゃイヤッ!」
体と頭を左右に揺すって、駄々をこねる。
「ベル……」
国王様は困り顔で首を傾け、再びアナベルさんの頭を撫でてから、アセナさんを振り返った。
「アセナ。すまないが……彼女のことを、しばらく頼んでもいいかい?」
「……はい。お任せください、陛下」
アセナさんがうなずくのを確認し、国王様はアナベルさんに視線を戻す。
「ベル。私は、まだ用が残っているんだ。なるべく早く終わらせるから、それまでアセナと遊んでおいで。……アセナは好きだろう?」
その口調は、どこまでも優しく。
まるで、父親が幼子に、言い聞かせているかのようだった。
アナベルさんは口をとがらせ、
「ええ、すきよ? でも……テオの方が、もっとすきだもん」
チラッと国王様を見上げてから、恥ずかしそうにうつむいて、モジモジしている様子は、〝恋する少女〟そのままだ。
私達は、誰一人として口をはさまず――ううん、はさめずに、呆然とその光景を見つめていた。
「ありがとう。気持ちは嬉しいが……お願いだから、もう少しだけ、話を続けさせてくれないかい?――ね? 庭でアセナと遊んでおいで? 話さえ済んだら、すぐに私も行くから」
アナベルさんは、不満そうに口をとがらせ、しばらく黙り込んでいたけれど。
少し経ってから、コクリとうなずき、
「わかった。アセナと遊んでる。……テオも、早く来てね? 来てくれなきゃイヤよ? 本当に、すぐに来てね?」
しつこいくらいに念を押すと、渋々といった風に椅子から立ち上がった。




