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赤と黒の輪舞曲~【桜咲く国の姫君】続編・ギルフォードルート~  作者: 咲来青
第17章 過去との決別

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第5話 許されざること

「冗談はお止めください! いったい、どういうおつもりなのですか!? こんなところへ私達を呼び出して……何かの余興(よきょう)のおつもりか!?」


 真っ先に口を開いたのはギルだった。

 彼はテーブルに両手を思い切り叩き付けて立ち上がると、怒りの感情を隠そうともせず、大声で国王様を責め立てた。


隠居(いんきょ)する!? フレディに王位を譲って、隠居するですって!? ふざけるのも大概(たいがい)になさってください! フレディが、今幾つだとお思いですか!?――十五ですよ!? まだ十五の息子に、重責を押し付けて、一人のんきに隠居だなどと……! そんな身勝手なことが、本当に許されるとお思いなのですか!?」


「ギル……」


 私は隣の席のギルを見上げてから、国王様に視線を戻した。



 この国の問題に、私が口を出せるはずもないけど……。

 でも、ギルが怒るのは、もっともだと思った。


 病気とか、すごく年を取っていて、体力に自信がないとか。

 はたまた、認知症になってしまって、続けたくても続けられない――って状態ならわかるけど。


 国王様は、まだまだお若い(実年齢は知らないけど、見た目はせいぜい四十代ってとこだ)し、あと数年で隠居するなんて……。

 失礼な言い方かも知れないけど、国務放棄(こくむほうき)としか思えなかった。



「今すぐとは言っていないよ。あと数年もしたら……と言ったんだ」

「数年でしょう!? 十数年でも、数十年でもないのでしょう!? ならば同じことです! 九年後としたって、フレディは二十四だ。早すぎるとは思わないのですか!?」


「……幼年期でも、国を継いだ王の例は、いくらでもある。特別早いとは思わないよ」

「それは国王に、差し迫った問題があった場合の話でしょう!? あなたはそんなにお元気で、まだまだお若いではないですか!」


「健康状態や年齢だけが、退(しりぞ)く理由になる訳ではないだろう?」

「ならば何なのです!? あと数年で退位せねばならぬほどの差し迫った問題とは、いったい何なのですかッ!?」


 怒りに任せてしゃべり立てたせいか、短距離を全力で駆け抜けた後のように、彼の肩は大きく上下していた。

 顔はすっかり紅潮し、ついさっきまで、真っ青だったのが信じられないほどの変貌(へんぼう)ぶりだった。


 急激な体と心の変化に、彼がどうかなってしまうんじゃないかと、ヒヤヒヤしつつ。

 私はただ、見守ることしか出来なかった。



「ギルフォード様。どうか落ち着いてください。陛下も、何か深いお考えがあって、発言なさったのでございましょう。もう少々、陛下のお言葉に耳を(かたむ)けられてから、お考えを述べられた方がよろしいのではありませんか?」


 後ろで控えていたウォルフさんが、穏やかに声を掛けると。

 ギルは彼を振り返ってにらみつけ、


「だからっ! その『深いお考え』とやらは何なのかと訊いているんだっ!――ウォルフ、おまえが口出しすることではない! 少し黙っていろ!」


 いつもの彼らしくない、敵意むき出しといった表情で叱責(しっせき)する。


「……はい。差し出がましいことを申し上げました。お詫びいたします」


 ウォルフさんは、素直にギルの言い分を受け入れ、一礼して後方に退いた。

 ギルは国王様に向き直り、再び問い掛ける。


「さあ、早くおっしゃってください! 数年で退位せねばならぬ理由とは、いったい何なのです!?」

「……それは――」


 国王様が口を開いたとたん、隣にいたアナベルさんが、国王様にしな垂れ掛かった。


「ねえ、テオ。何の話をしているの?……あの人、さっきからテオに、ひどいこと言ってるみたいだし……。どうしてあんなに怒っているのか、さっぱりわからないわ。……ベル、あの人嫌い。さっさと、ここから追い出しちゃいましょうよ。それがダメなら、早くこんなところから出て、庭で一緒に遊びましょう? ね? いいでしょテオ?」


 甘えたような声色でねだり、国王様をじっと見上げる。 


「な――っ」


 瞬時に顔色を変え、ギルはアナベルさんを凝視した。恐ろしい生き物でも目にしてしまったかのように、顔色は真っ青だ。


 私達の反応も、それほど大差はなくて。

 何やら、得体の知れない現象にでも巻き込まれてしまったかのように、ただただ呆然と、彼女を見つめるばかりだった。



「ベル。もう少しで終わるから、我慢しておくれ。これが済んだら、庭で遊ぼう?」


 国王様は、いつもの穏やかな調子で話し掛けると、アナベルさんの頭をそっと撫でた。

 アナベルさんは、子供のようにぷうっと頬をふくらませ、


「いやっ! 今すぐテオと遊びたい! こんな人達放っておいて、ベルと遊んでっ! 遊んでくれなきゃイヤッ!」


 体と頭を左右に揺すって、駄々をこねる。


「ベル……」


 国王様は困り顔で首を傾け、再びアナベルさんの頭を撫でてから、アセナさんを振り返った。


「アセナ。すまないが……彼女のことを、しばらく頼んでもいいかい?」

「……はい。お任せください、陛下」


 アセナさんがうなずくのを確認し、国王様はアナベルさんに視線を戻す。


「ベル。私は、まだ用が残っているんだ。なるべく早く終わらせるから、それまでアセナと遊んでおいで。……アセナは好きだろう?」


 その口調は、どこまでも優しく。

 まるで、父親が幼子に、言い聞かせているかのようだった。


 アナベルさんは口をとがらせ、


「ええ、すきよ? でも……テオの方が、もっとすきだもん」


 チラッと国王様を見上げてから、恥ずかしそうにうつむいて、モジモジしている様子は、〝恋する少女〟そのままだ。

 私達は、誰一人として口をはさまず――ううん、はさめずに、呆然とその光景を見つめていた。


「ありがとう。気持ちは嬉しいが……お願いだから、もう少しだけ、話を続けさせてくれないかい?――ね? 庭でアセナと遊んでおいで? 話さえ済んだら、すぐに私も行くから」


 アナベルさんは、不満そうに口をとがらせ、しばらく黙り込んでいたけれど。

 少し経ってから、コクリとうなずき、


「わかった。アセナと遊んでる。……テオも、早く来てね? 来てくれなきゃイヤよ? 本当に、すぐに来てね?」


 しつこいくらいに念を押すと、渋々といった風に椅子から立ち上がった。

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