第3話 国王陛下の招集
数日後の午後のことだった。
ギルと私が、いつものように部屋でまったりしてたら、ウォルフさんが慌てた様子でやって来て、唐突に告げた。
「ギルフォード様、リナリア様。国王陛下より、『至急、西の塔へ集まるように』とのご命令でございます」
ギルは顔色を変え、
「なに!? 西の塔……だと?……まさか……。確かに父上が、そうおっしゃったんだろうな?」
ウォルフさんに念を押し、『はい。間違いございません』と彼がうなずくのを確認すると、絶句してしまった。
「ギル、どーしたの? 顔色が悪いよ? 大丈夫?」
慌てて彼の手を取って訊ねると、彼は額に片手を当て、
「あ、ああ。大丈夫だ。……すまない。あまりにも、予想外のことを言われたものだから……」
そう言ってから、私を心配させないためか、平静を装うように微笑んだ。
だけど、その手は小刻みに震えていて、大丈夫なんかじゃないってことは、誰の目にも明らかだった。
「ギル……。無理しないで、何かあるなら言って?」
彼の手を取り、両手でギュッと握る。
彼は辛そうに目をつむり、しばらく考え込んでいたようだったけれど。
再び目を開け、私を悲しげに見つめると、言いにくそうに口を開いた。
「西の塔には、あの人が――。あの人が、幽閉されているところが……西の塔、なんだ」
「えッ!?」
知らされたとたん、私も思わず言葉を失い、少しの間、呆然としてしまった。
あの人……。
幽閉って言ったら、アナベルさんのことだよね?
じゃあ、アナベルさんがいるところに、集まれって言ってるの?
国王様――ギルのお父様が?
「ど……っ、どーゆーこと? なんでそんなところに、今更集まれなんて……。国王様は、何を考えてるの?」
意図がわからず、答えを求めてウォルフさんへと視線を移す。
だけど、彼も詳しいことまでは知らされていないようで。
「私にも、詳しいことはわからないのです。ただ、集まるようにと命じられただけですので……。何故、その場所なのかとお訊ねしましても、『皆が集まってから話す』とおっしゃるばかりで、明確なお答えはいただけませんでした。……誠に申し訳ございません」
頭を下げるウォルフさんに、私は小さく首を振った。
「そんな、ウォルフさんのせいじゃないよ。……でも、ホントにどーして……。ギル、辛かったら遠慮する? 急に具合が悪くなった――とかって言えば、国王様だって、無理強いはしないだろうし」
「……いや、行くよ。どんな用だか知らないが、集まれと言うのであれば、行くしかあるまい」
「ギル……」
彼の顔色は、ずっと蒼白のまま。手の震えも、いっこうに治まる気配がない。
無理しているのは明らかで、私は不安でいっぱいだった。
「本当に大丈夫だよ。……リア。君が側にいてくれるなら、私はどんなことだって耐えられる。だから……ね?」
そっと頭に手を置いて、彼は微かに笑ってみせる。
私は彼の手を両手でそっと外すと、胸の前で握り締め、ためらいながらもうなずいた。
その部屋の前で立ち止まると、ギルはしばし目をつむり、数回深呼吸してから、思い切ったように片手を上げ、ドアをノックした。
「ギルフォード、リナリア、ウォルフ、参りました」
「――ああ、ギルフォード。入っていいよ」
この前会った時と少しも変わらない、国王様の、穏やかで温かな声。
それが余計に不思議だった。
「はい」
返事をしてから、彼はノブへと手を掛ける。
だけど、ドアが開くことはなく、私は彼の背を見つめながら、不思議に思って首をかしげた。
「ギル……?」
二歩ほど横に移動して、彼の様子を窺うと、ドアノブを握った手が、カタカタと小さく震えていて……。
葛藤がこちらにも伝わって来るくらい、その顔は痛々しく歪んでいた。
私は斜め後ろから手を伸ばし、彼の手に、そっと自分の手を重ねた。
彼はハッとしたように、視線を横に流す。目が合ったとたん、私は微笑し、小さくうなずいた。
「大丈夫だよ、ギル。私もウォルフさんも、ここにいるから」
「……リア」
彼は穏やかな顔に戻り、私に応えるようにうなずき返す。
それから顔を引き締め、背筋を伸ばすと、勢いよくドアを開けた。