第14話 懲りない人
な……っ、なん……っ。
なぁんですってぇえええっ!?
――鍵っ!?
『鍵を掛けた』っ!?
……いったい、いつの間にそんなこと……。
ウォルフさんが出て行った時?
……あ……。
そー言えばあの時、ドアの側にいたっけ……?
じゃあ、これは……ハッタリ……とかじゃなく……。
ほっ、ホントに鍵をっ!?
「すっ、少しずつっ!!――さ、さっき、『少しずつ』って言ったよねっ!? いきなり変なことしたりは、しないんだよねっ!?」
焦って訊ねる私に、
「『変なこと』? 『変なこと』って……たとえばどんなこと?」
訊ね返しながら、彼は首筋にキスをする。
「――っ!……い、今のっ! 今のが変なことーーーッ!!」
「え? この程度もダメ?」
「こ、この程度ってっ」
「う~ん……。今のでダメとなると、難しいな……」
む……難しい……?
ギルは何を思ったか、いきなり、私を抱えたまま立ち上がった。
一度床に下ろし、私を横向かせると、体を屈め、背中とひざ裏に手を当てて、軽々とお姫様抱っこしてみせる。
「――わっ!? ちょ…っ、ギ、ギルっ?」
またベッドに連れて行かれるのかと、一気に不安が押し寄せて来たけど、彼はその姿勢のまま、椅子に座り直しただけだった。
ホッと胸を撫で下ろし――そうになったものの、すぐに、それほど安心出来る状態でもないことを覚り、じわじわと顔がほてって来てしまう。
だって、つまり……ギルの膝の上に、横向きで座らせられてるワケで……。
この姿勢だと、ギルの顔が目に入ってしまうから……さっきより、もっとずっと、恥ずかしいワケで……。
「~~~~~っ!!」
目が合った瞬間、軽くパニックを起こした私は、ギルの膝の上で、メチャクチャに暴れ出した。
「うわっ!――リ、リア! ちょっと待っ――! お、落ち着いて!」
「ヤダヤダっ! 恥ずかしいから離してよッ! 離してってばぁーーーーーッ!!」
ギルの肩や頭を、ポカポカ……ううん、ボカボカの方が、擬音語としては正しいかもしれない。
思いっ切り拳で叩いて、爪で引っかいて……。
「――ッ!」
痛みに耐えるような声がして、ハッと我に返った時には手遅れだった。
目の前のギルの頬から、一筋の血が流れる。
「あ……」
私は自分の両手をギュッと重ね合わせたまま、呆然とそれを見つめた。
「大丈夫だよ。この程度の傷、どうということもない」
青ざめる私を気遣うように、ギルは優しく頭を撫でてくれながら、にこりと笑う。
「でも……血が……」
恐る恐る手を伸ばし、傷口の血を指先で拭う。すると、見る間に傷口がふさがって……。
数秒後には、どこに傷があったかわからないくらい、完璧に治ってしまっていた。
「……ね、言ったろう? かすり傷程度なら、すぐに治ってしまうんだ。……心を痛める必要はない」
「これが……ううん、これも……ギルの治癒能力?」
私が知ってるギルの治癒能力は、『同血族者の傷口を舐めると、瞬時に治る』というものだった。
でも、今の傷は、舐めたワケでもないのに、治ってしまったし……。
「自分自身の傷は、深手でも負わない限り、放っておいても、すぐに治ってしまうんだよ。……気味が悪いかい?」
自嘲するみたいに笑う彼に、胸がズキリと痛む。
私はすぐさま、大きく首を振って否定した。
「そんなことないっ! 気味が悪いなんて……そんな風には絶対思わないよっ!」
「……ありがとう、リア」
ギルは微かに笑みをこぼすと、私の頭を数回撫で、頬にそっとキスした。
「今回のことで、私の血にも、傷を癒す力があるとわかったんだ。血族の者の傷でなくても、治せるということが……」
「今回のこと――って、シリルのこと? ギルの血に癒す力が……って、じゃあ……血を使って、シリルの傷を……?」
微笑しながらうなずく彼に、私の手は震え出し……血の気が引いて行くのが、自分でもわかった。
「リア、大丈夫かい? もしかして――治療するところを想像してしまった?……すまない。聞いても、気分が悪くなる話でしかないから、君には伝えないつもりだったんだが……」
彼は優しく私の手を取り、両手で包み込むように握ると、気遣わしげに顔を覗き込む。
「ギル……。シリルを助けるために、どれくらいの血を使ったの?……あれだけの傷だもの。相当な量が、必要だったんじゃないの?」
「ああ、そのことか。……大丈夫。大した量ではないよ。こうして元気でいることが、その証拠になるだろう?」
「でも……」
それでも震えが治まらない私の手を、両手で包み込んだまま口元に寄せ、ギルは何度もキスを落とした。それから、私の頬に左手を当てると、
「心配性だね、君は……。目の前に私がいるのに、震えなければいけない理由が、どこにあるというんだい?」
「……だって……。ギルの血が必要だったなんて……私、今まで知らなくて……。そこまで迷惑掛けてたなんて……。もしかしたら、ギルだって……危険な状態になってたかも知れない、ってことでしょう……?」
そう思ったら、無性に恐ろしかった。
ウォルフさんが反対してた理由が、やっとわかった。
もしかしたら……運が悪かったら、私はシリルもギルも、同時に失ってたかも知れないんだ……。
「イヤっ! ギル……ギル――っ!!」
気が付いたら、ギルの首にしがみついていた。
怖くて、怖くて……振り払っても振り払っても、その恐怖心は、ちっとも和らいでくれなくて……。
ただ夢中で、すがりつくみたいにギュッとしてた。
「リア……。大丈夫だよ。私はここにいる。君を置いて、どこへも行ったりしないよ」
幼い子をあやすように、ギルは優しく――何度も何度も、頭を撫でてくれた。
その優しさが嬉しくて……そして切なくて。
私はギルの肩に、ポトポトと涙を落とし続けた。
イヤ……。
ギルを失うなんて、考えられない。考えたくもない。
お願い……私を一人にしないで。ずっと側にいて――!
「いつも君は、私を大袈裟だと言うけれど……今の君だって、充分に大袈裟だよ。何も、泣くようなことではないだろう?……ほら、涙を拭いて。可愛い顔を、私に見せてくれないか?」
私は無理だと言うように、抱きついたまま、思い切り首を横に振る。
「……まったく。困ったお姫様だな。大丈夫だと言っているのに……」
ギルは小さくため息をつくと、私の耳元に口を寄せてささやいた。
「リア、涙を止めるおまじないをしてあげる。少しの間、私の顔を見てごらん?」
「……え?」
『おまじない』という言葉に心を動かされた私は、そっとギルの首から腕を解き、少しだけ体を離して彼を見た。
彼は、左手を私の頬に添えて、フッと微笑むと。
右手を腰に回して抱き寄せ、顔を近付けて……静かに唇を重ねた。