第10話 何度でも恋をする
顔を上げ、椅子に座ってうな垂れているギルの様子を、こっそり窺うと。
彼は身動きひとつせず、さっきと変わらない状態で、床の一点をぼんやりと見つめていた。
私はネグリジェのボタンをしっかりと留め直し、ウォルフさんが掛けてくれた毛布を、ベッドの上に置いてから立ち上がった。
ゆっくりとした足取りで彼へと近付き、正面まで来たところで足を止める。
「ねえ、ギル?」
なるべく、いつもと変わらない調子で声を掛けた。
彼は虚ろな目で見上げると、自嘲気味に薄く笑う。
「なんだい? あまり私に近付かない方がいいよ? この呆れた男は、また懲りもせず――君にひどいことをするかも知れない」
力なく言い、再び床へと視線を落とす。
私は彼の膝に手を置いてしゃがみ込むと、まっすぐに彼を見据えて宣言した。
「ギル、私ね? 国に戻ったら、カイルにきちんと伝えようと思うの。『ギルが一番好きだとわかりました。ごめんなさい』って」
彼はハッと目を見張り、私を呆然と見つめ……少し間を置いてから口を開いた。
「カイルに?……しかし、彼は旅に出たと聞いたが――」
「うん。だから、手紙を出そうと思って。セバスチャンから聞いたんだけど、騎士や騎士見習いは、たとえ旅先であっても、定期的に、城へ手紙を出さなきゃいけない決まりがあるんだって。――それでね。城からの返事を受け取るまでは、手紙を出した辺りから、離れちゃいけないんだって。だから……城からの手紙に、私の手紙も添えて出してもらえば、彼にちゃんと届くはずなの」
「……カイルに、手紙を……。しかし、何故いきなりそんなことを――?」
訝しがる彼の手に、自分の手をそっと重ねる。
「ギルが、いつまでも不安を拭い切れずにいるのは、私がまだ、カイルに気持ちを伝えてないってことにも、原因があるんじゃないかと思ったから」
「……リア」
「ねえ。私がカイルに気持ちを伝えたら、少しは、ギルの気持ちも楽になる? 今よりちょっとは、安心出来るようになるかな? そうなんだとしたら……私、城に戻ったら、すぐに手紙書く。私が好きなのはギルだってわかったから、もうあなたを待つことは出来ませんって、カイルにハッキリ伝える。だから――」
彼の手を両手でギュッと握り、まっすぐ彼を見て訴える。
「だからお願い。もうそんな風に、一人で苦しまないで? 私に出来ることがあるなら、何でも言ってほしい。……私じゃ、頼りないのかもしれないけど……。力になれることなんて、ほとんどないのかもしれないけど。それでも……それでも一人で悩んでるくらいなら、打ち明けてほしい」
「……リア。君は……」
彼はそうつぶやくと、私の頭に手を置いて、親が子供をあやすように、柔らかく撫で始めた。
「ありがとう。……正直に言えば、それほど単純なことでもないんだが……。それでも、君の気持ちは嬉しいよ。私のために、いろいろと考えてくれたんだろう?」
「……うん。でも、私……そんなに、頭いい方じゃないみたいだから、なかなかいい考えが浮かばなくて。どーしていいかわかんなくて。……ごめんね。頼りない恋人で」
「そんなことはない。……君は素敵な恋人だ。私の自慢の恋人だよ」
「ギル……」
それからしばらくの間、彼は黙ったまま、私の頭を撫でてくれていたんだけど。
ふいに、私の顔を上向かせると、身を屈めて額にキスした。
「リア、立って……?」
言われるままに立ち上がった私の両腕をつかみ、自分の方へ引き寄せる。
優しい眼差しで私を見つめ、
「君は少し、私に甘すぎるよ。あんなにひどいことをしたのに、責めるどころか、私の苦しみを和らげる方法を、必死に考えてくれていたなんて。……君は本当に優しすぎる。私のような男は、すぐに付け上がるから、厳しいくらいがちょうどいいんだ。このまま、私を甘やかし続けていたら……知らないよ? 懲りずにまた、同じことを繰り返すかも知れない」
少しからかうような顔つきをしてみせてから、彼はふわりと微笑んだ。
彼が笑ってくれたことが嬉しくて、つられて私も笑顔になる。
「いいよ。何度でも繰り返して。そのたびに考えるもん。どうしたら、ギルと幸せに過ごして行けるのか。ずっとずっと、考え続けるから。だから……いいよ? 何度でも間違って。私、あなたが思ってるより、ずーーーっとしぶといんだから。簡単に、ダメになったりしない。どんな時でも、受けて立ってみせる。……ね? 何度でもケンカして……そして何度でも、仲直りしよ?」
「……リア!」
彼は椅子から勢いよく立ち上がり、私を胸に掻き抱いた。
「ありがとう……! ありがとう、リア。……そうだね。何度でもケンカして、仲直りして……そうやって、二人で生きて行こう。そのたびに、私は君に恋をするよ。今、この時のように……繰り返し、君を愛しく想うだろう。……リア。愛している」
体を少し離し、私の顎に指先を当て、顔を上向かせる。
彼はそっと顔を傾け、私の眼前まで近付けると、再び『愛している』とささやき、柔らかく唇を重ねた。