第6話 揺れ惑う恋人たち・2
……え?
膝……って、ギルの膝ってこと!?
え……えぇええっ!?
……で、でもそれは……っ!
『恥ずかしいよ!』って断りたかったけど、ギルがあんまり、悲しそうに見上げるものだから。
「……こ、これで……いい?」
言われるまま、おずおずと彼の膝に腰を下ろした。
照れてうつむく私を、彼は後ろからそっと抱き締めて。
「ありがとう、リア。……ああ。やはり君は……いつも良い香りがするね」
首元に顔を埋めてつぶやかれ、私の顔も体も、たちまち燃えるように熱くなる。
「そっ、そんなことはどーでもいーからっ!……は、話の続き、して……?」
「ああ、わかった。……私を殺そうとしていた者達が、誰だかわかったのだから……彼らの処分さえ決まれば、今回の事件は解決だ。今後、私が狙われることもなくなるだろう。それはもちろん、いいことで……ほんの少し前までは、私もホッとした気持ちでいたんだ。これでもう、いつ誰に狙われるかと、周囲の様子に気を張っている必要はない。これでようやく、気楽に過ごせるようになるのだと――」
「……うん。いいことだよ……ね?」
「だが、君は……あと数日もすれば、母国に帰ってしまう。この城からいなくなる。そうすればまた、しばらくは会えなくなるだろう。……こうして君を抱き締めることも、唇に触れることも、声を聞くことも、香りを嗅ぐことも、君の可愛らしい顔を、反応を、仕草を見ることも――全てを味わうことも出来なくなる。そう考えたら、無性に寂しくて、苦しくて……堪らなくなってしまったんだ」
な――っ!
……な、なにをまた――っ、いきなり、とんでもないこと口にしてるのよこの人はっ!?
か、香りを嗅ぐだの、す…っ、全てを……あ……ああああ味わうだのってどーゆーことっ!?
ワケわからないこと言い出さないでよっ、しかもこんな耳元でぇええええッ!!
めまいがするほどの羞恥にさらされ、ひたすら耐え忍んでる私には、これっぽっちも気付くことなく。
私を後ろから抱き締めたまま、彼は淡々と語り続ける。
「当たり前のことなのに。わかりきったことなのに。私は、そんなことさえ耐え切れないと思うほどに、君に溺れてしまっている。……君が去った後も、私は以前のように、自分の役割をこなすことが出来るだろうか? 全て支障なく、進めて行くことが出来るだろうか? 期待されたように動くことが出来るのだろうか? そんなことを考えていたら……怖くて仕方がなくなった」
「ギル……」
「それだけではないんだ。君がこの城からいなくなった後、私はきっと、不安で堪らなくなるだろう。新たに、君に懸想する男が出て来やしないか、君に近付こうとする男が、周りにいやしないか、そして……再びカイルが立ちふさがって、君の心を奪って行ってしまわないかと……」
「な――っ、なに言ってるの!? どーしてまた、カイルの名前が出て来るのよ!?」
私が好きなのはギルだけだって、何度も何度も言ってるのに!!
……まだ信じてくれてないの……?
そう思ったら、悲しくなって来て。
涙がにじみそうになるのを、必死に堪えていた。
彼は私を痛いくらい抱き締め、切ない気持ちを吐露し続ける。
「すまない。君を信じていない訳ではないんだ。しかし、どうしても――どうしても止められない。一度気になり始めたら、怖くて、不安で……いても立ってもいられなくなってしまうんだ。よくないことはわかっている。こんなことを考えること自体、君を傷付けてしまっていることも――。なのにダメなんだ。どうしても抑えられない。ほんの少し、君につれない態度を取られただけで、心変わりを案じてしまう……」
「ギルっ!」
「わかっている! 私が間違っていることはわかっているんだ! それでも――っ!」
抱き締める手が、微かに震えていた。
彼は私の首元に額を押し付けるようにして、苦しげに想いを吐き出す。
「もう、どうしていいかわからない! 君のことで頭がいっぱいで、どうにかなってしまいそうだ……! 私は……私はいったいどうすればいい!? 教えてくれ、リア! 幾度も迷路に迷い込む私を、どうか導いて欲しい――!!」
悲痛な訴えに胸が詰まり、彼の震える手に、そっと自分の手を重ねた。
どうしていいかわからないのは、私の方だよ……。
もう何度も、あなたの想いを受け止めて来たじゃない。
そのたびに、ちゃんと二人で考えて、乗り越えて来たんじゃない。
お互いが一番大切だって、確かめ合って来たんじゃない。
なのに、またなの?
またあなたは、同じところで立ち止まって、思い悩むの?
……わかんないよ。
どうすれば、あなたの不安を完全に取り除けるかなんて、私だってわかんない。
私はただ黙って、彼の手を握り締めていた。今私に出来ることは、それくらいしかない気がした。
二人の間に、長い長い沈黙が横たわり。
私達は、お互いの温もりをひたすら確かめるように、寄り添い合っていた。