第5話 揺れ惑う恋人たち
ギルがウォルフさんに『当分近寄るな』って命じたせいなのか。
結局、昼すぎになっても、彼が現れる気配はなかった。
昼食は、私が目覚める前に用意しておいてくれたから、二人で適当に食べて、お腹も充分に満たされている。
……でも。
さっき書き終えた手紙のことが気掛かりで、私は一人でソワソワしていた。
夜までに出せば間に合うって、ギルは言ってたけど……。
万が一ってこともあるし、早めに出しといた方がいいと思うんだよね。
届けてくれるのは、鳥さんでしょ?
鳥さんにだって、日によって、体調とか気分とか、ムラがあったりするだろうし……。
うん。
やっぱり、早めにウォルフさんに渡しておこう。
その方が、気持ちもスッキリするしね。
そう判断し、思い切ってギルに訊ねてみた。
「ねえ、ギル。やっぱり心配だから、これからウォルフさん捜して、手紙のことお願いして来るよ。だからちょっとだけ、この部屋から出ていいでしょ?」
すると、彼は眉間にしわを寄せ、
「部屋から出る?……何を言っているんだ。いくら父上とマイヤーズ卿が、君がここにいることを知っていると言っても、ほとんどの者は知らないんだよ? 君一人で城内を歩き回るだなんて、許可出来る訳がないだろう?……ウォルフも、夕食までには様子を見に来るはずだし、焦る必要はない」
少し不機嫌そうに告げられてしまい、私はガックリと肩を落とした。
それでもメゲずに、
「焦る必要ないって言われても、届けてくれる途中、鳥さんに何かあることも考えられるワケだし……。出来るだけ早く、手紙は出しといた方がいいと思うんだけどなぁ?」
彼の顔色を窺いつつ、上目遣いで頼んでみたけど。
「甘えても、ダメなものはダメだよ。許可は出来ない」
不機嫌顔のまま即答され、思わずため息が漏れてしまう。
……そりゃあ、許してくれないだろうなぁ……とは思ってたけど。
きっと反対されるだろうなぁって、予想はしてたけど。
……でも、なにもそこまで、キッパリ反対しなくても……。
内心、不満たらたらでうつむいていたら、
「リア。君は本当に、気持ちが顔に出やすいね。……だが、そんなに口をとがらせてもムダだよ? 私は決して折れないからね」
更に追い打ちをかけられ、カチンと来た私は、むぅぅ~っと、ますます口をとがらせてしまった。
「……あ! だったら、またメイドに成り済まして、外に出ればいーんじゃない? それなら、他の人に見つかってもごまかせるし」
「メイド服なら、ウォルフがとっくに片付けた。もうここにはないよ。残念だったね」
「う――っ。……うぅ……」
確かに、用もないのに、いつまでも置いとくワケないか……。
う~ん……。いい手だと思ったんだけどなぁ。
「……それほどまでに、私と二人きりで、ここにいることが苦痛かい?」
ふいに。
沈んだ声で訊ねられ、私はドキッとして顔を上げた。
「な……何言ってるのギル? 私がいつ、あなたといるのが苦痛だなんて言った? そんなこと、一言も言ってないよ?」
「言ってはいないが、顔には出ているよ。私とこうしていると、落ち着かないんだろう?」
「そっ、そんなことないよ! 私はただ、手紙を早く出したくて――」
「夜でも充分間に合うと言っているのに?……それはつまり、私の言うことが信じられないということかい?」
「違うよっ! 誰もそんなこと言ってない!」
「では、どうして大人しくしていてくれないんだ!? 何故、そこまでして外に出たがるッ!?」
急に声を荒らげ、拳をテーブルに叩き付けたギルに驚き、私は反射的に目をつむって身をすくめた。
胸がドキドキし始めて、とっさに両手で胸元を押さえる。
数秒後、そうっとまぶたを開き、
「ど……どーしたの? なんでそんなに、イライラしてるの?……私、そこまで怒らせるようなこと、言った?」
彼の急激な気持ちの昂りに戸惑いつつ、恐る恐る訊ねると。
彼は辛そうに顔を歪め、両手で頭を抱えて、テーブルに肘をついた。
「違う――ッ!……違うんだ。君のせいではない。私が……私の心が弱いせいだ。君は悪くない」
「……ギル?」
沈んだ様子が気掛かりで、私は慌てて席を立ち、彼の元へと駆け寄った。
肩に手を置き、興奮させないように気を付けながら、なるべく穏やかに話し掛ける。
「ギル、ホントにどーしたの? また何か、心配なことでも出て来ちゃった?」
彼は微かに首を振り、暗い声で返した。
「違う。違うよ。……いや、心配なことには違いないが……。しかし、これは……あまりにも一方的で、救いようのない感情だ。こんなことを君に打ち明けたりしたら、君は……君は今度こそ、私に愛想を尽かすかも知れない」
「愛想なんて尽かさないよ!……ね、お願いだから言って? 話すことで、少しでも気持ちが楽になるなら、ちゃんと言って欲しい。溜め込んだりしないで、全部吐き出して?」
「……リア」
彼はおもむろに顔を上げ、私の両手を取って、ギュウっと握り締めた。
「私はダメだ……! 本当に、吐き気がするほど情けない人間だよ。君に関することだと、極端に感情の起伏が激しくなって、自分でもうんざりする。先ほどまで、あれほど幸せな気持ちに満たされていたと言うのに……。ほんの些細なきっかけで、自分でも戸惑ってしまうほどに心が乱れ、闇にのまれてしまいそうになるんだ。もしかしたら、私は……人として、大きな欠陥があるのかも知れない」
「欠陥?……それってどーゆーこと? もっと詳しく教えて?」
彼は悲しげに微笑むと、『膝に座ってくれるかい?』と言って、真剣な眼差しで私を見上げた。




