第3話 他愛ない会話
私達はテーブルに場所を移して、今朝の話をすることになった。
ベッドの端に座ったままじゃダメなのかと訊ねたら、
「ダメだよ。ベッドにいたら、すぐに君を押し倒したくなってしまうから」
なんてことを、さらっと言われてしまい、私は顔を熱くしたまま、大人しくテーブルへと移動するしかなくなった。
食事する時みたいに、向かい合って座ると。
彼はテーブルの上に肘をつき、両手を組み合わせたところに顎を置いて、微笑しながら切り出した。
「それで? 父上に対面してみての、君の率直な感想を聞かせてもらえるかな? 息子の口から言うのもなんだが、とても国王とは思えないような人だったろう?」
「フフっ。……うん、そーだね。王様っぽくはなかったけど……でも、とっても優しそうで、雰囲気が柔らかくて……素敵な人だなぁって思った」
「素敵?……そうかい?」
「うん。すっごく素敵な人だった! 私、ギルとフレディから、『頼りない』だの『不甲斐ない』だのって、あんまりいいイメージ持てるようなこと聞いてなかったから、どんな人なんだろうって、お会いするまで、ちょっと不安だったんだけど……。でも、国王さ――あ、陛下見たとたんに、不安なんて、全部どっか飛んでっちゃった」
「そう……。そう言ってもらえて安心したよ。将来は、君の義理の父になる人だからね。悪い印象ではなかったのなら、それに越したことはない」
「あ――。う、うん……」
ギルの口から、『君の義理の父になる人だ』なんて言われちゃうと、なんかちょっと、照れるな……。
ほてった頬を覚られたくなくて、慌ててうつむいた。
気持ちを落ち着けようと、テーブルクロスを指先でいじったりして……。
「リア? 急にうつむいたりして、どうしたんだい? 何か、気に障るようなことを言ってしまったかな?」
不安げに顔を歪めて訊ねられ、私は慌てて、ぶんぶんと首を横に振った。
「なっ、なんでもないっ!……ちょ、ちょっと、思い出したことがあって……。それで……」
ごまかそうとして、適当なことを言っただけなんだけど。
彼はその話に、ひょいっと乗って来てしまった。
「思い出したこと?……何を思い出したら、そこまで頬が赤く染まるんだい? 是非とも教えてもらいたいな」
うわっ。頬が赤いとか言われちゃってるし!
うつむいた意味、全然ないしっ!
……うぅ……っ。
何やってんだろ、私……?
「どうしたの? 頬が赤く染まるほどの『思い出したこと』、私には教えてくれないのかい?」
彼の声に、からかうような響きを感じ取り。
私は頬だけじゃなく、全身一気に、汗がにじむくらい熱くなってしまった。
「違…っ! お、思い出したことなんて、特にないからっ」
「ん?……おかしいな。それでは、君の顔が赤く染まっている説明がつかないよ? 原因は必ずあるはずだろう?」
「う――っ。……そ、それは……」
どーしよーっ?
今更、『ギルに結婚を意識しちゃうようなこと言われて、恥ずかしかったから』なんて、言いにくいし言いたくないよ。
きっと、ますます調子付いて、からかって来るだろうし……。
「そっ、そんなこと、もうどーだっていーじゃない!……とにかく、私は国王様が大好きになっちゃったの! あんな素敵な人なら、ギルのお母様とアナベルさんに、深く愛されちゃうのもわかるなーって思――っ」
口にしたとたん、ハッとした。
話の流れと勢いで、つい、アナベルさんのことに触れちゃったけど……。
……ギル、嫌な気分になってないかな?
恐る恐る顔を上げると、彼は暗い顔でうつむき、テーブルの一点をじっと見つめていた。
「あ……あの……。ごめんなさい。私――」
そのまま流すか、そらせるかした方が、賢明だったのかも知れないけど。
気付いた時には、謝ってしまっていた。
彼はフッと笑みをこぼし、予想に反して、とても穏やかな声で訊ねる。
「どうして謝るんだい? 君は、謝らなければならないようなことはしていない。――そうだろう?」
「う……うん……。だけど……」
なんて言えばいいかわからず、私は視線をテーブルに落とした。
すると。
気まずい雰囲気を吹き飛ばすためか、彼は唐突に、別の話を振った。
「そんなことより。父上が、近いうちに、皆を集めて話したいことがあるそうだよ。今朝、君に伝えるつもりだったんだが、その前に君が倒れてしまったから、伝えられなかったんだそうだ。……フフッ。頼まれていたのに、危うく忘れるところだったよ。私も君に負けず劣らず、うっかり者の素質があるのかな?」
「な――っ! 誰がうっかり者ですってぇ!?」
カッとなって言い返すと、彼はおかしそうにクスクス笑う。
……なによ、うっかり者って……。
そりゃ、そーゆーところが全くない、とは言わないけど……。
私だって、いつもいつもうっかりしてるワケ――っ……じゃ……?
「……あれ?」
「ん? どうかしたかい?」
ギルの声は聞こえてたけど、それには答えず、私はしばし考え込んだ。
あれ……?
なんか、忘れてるような気が……。
……え~っと……なんだったっけ?
何か大切な……重要なこと……を……。
…………あっ!
「そーだっ、手紙ッ!!」
忘れていた内容を思い出し、私はテーブルに両手をついて、ガタッと音を立てて椅子から立ち上がった。