第13話 罠にかかった姫
再びウォルフさんが出て行ってしまって、部屋には私とギルだけが残された。
私はテーブルの前で固まったまま、長い沈黙にひたすら耐えていたんだけど……。
「リア」
「はっ、はいっ!?」
突然名前を呼ばれて、思わず身構える。
そんな私を、ギルは傷付いたような顔で見つめると。
「先ほどはすまなかった。君を怖がらせるつもりはなかったんだ。だが……君の気持ちより、己の気持ちを優先してしまったことは事実だ。本当に、申し訳ないと思っている」
さすがに反省したのか、ションボリとうつむいてしまった。
「あ……。そんな、あんまり気にしすぎないで? 確かに、ちょっと怖かったけど……でも、怒ってるワケじゃないからっ」
焦って答える私に、ギルは僅かに顔を上げ、不安そうに訊ねる。
「……本当に? 私を許してくれるのかい?」
「だ、だから、許すも何も、怒ってるワケじゃないんだってば。もう大丈夫だから……」
「しかし、君は名を呼んだだけで、怯えるように身をすくめただろう? それはまだ、私を怖がっている証拠ではないのかい?」
「そ、それは……。ずっと黙り込んだ状態で、いきなり名前呼ばれたりしたら、誰だって驚くでしょ? それだけだよ。怖がってなんかいないってば」
「……本当に、それだけ?」
「ホントのホントにそれだけっ!!」
キッパリ言い切っても、まだギルは沈んだ顔でうつむいて……。
「あーもうっ! しょーがないなぁ!」
いー加減イラッと来て、私はテーブルに両手をつき、ガタタっとわざと音を立てて立ち上がった。
ギルの側まで歩いて行って、膝の上に置かれている手に、自分の両手を重ねる。
「ほらっ、怖がってなんかいないでしょ? これでちゃんとわかったよね?」
「……リア……」
ギルはそっと私の手を握ると、ゆっくりと顔を上げ……見覚えのある、極上の微笑みを……。
こ……この笑顔、は……。
全身の血が、サーっと引いて行くのを感じた。
でもその時には、ギルは私の片手を取って思い切り引っ張り、私を自分の膝に座らせることに成功していた。
後ろからギュッと抱き締めて来ると、
「フフッ。つーかまーえたっ」
まるで子供みたいに、はしゃいだ声を上げる。
「……ギル……。あなたって人は……いったい、どこまで……」
またしても、簡単に罠に掛かってしまった自分に、ガッカリするやら。
懲りもせず、卑怯な罠を仕掛けて来るギルに、呆れるやらで……。
私はもはや、怒る気力さえ失っていた。
「ああ……。こうして後ろから抱き締めている方が、より強く感じる。君はいつも、良い香りがするね」
ぎゅむむと抱き締められたまま、耳元でささやかれ、瞬時に顔が熱くなる。
「なっ、なにバカなこと……! モコモコの泡で全身洗ったばっかりなんだから、いい香りがするのは、その泡のせいに決まってるでしょっ!!」
「いや。それだけではないよ。こうして君を抱き締めるのは、何度目になるか、よく覚えていないが……。いつだって、君は良い香りがしていたからね」
「そっ、そんなことは今、どーでもよくてっ!――ギルっ、あなたさっき、『頭を冷やして来る』って言って出て行って、帰って来たばかりじゃない! なのに、なんなのこれはっ!? 全ッ然、頭冷えてないじゃないのっ!!」
ムダだとは知りつつも、私は、どうにかしてギルの腕から逃れようと、ジタバタもがいてたんだけど……。
余裕で押さえ込んで、彼はくすりと笑った。
「いいや、冷やして来たよ? 冷やした上で考えたんだ。君に怖がられることなく、自分の欲求を叶えるためには、どうしたらいいのかを……ね」
唇が耳に当たるほどの距離での、妖しいささやき。瞬間クラっとして、体中から、一気に力が抜けそうになる。
それを懸命に堪えつつ、私はドキドキしながら訊ねた。
「よ、欲求を叶えるため……って……。どっ、どーゆー……こと?」
「……うん。怖がられてしまうのは、やはり……君が、こういうことに慣れていないせいだと思うんだ。だから、恐怖心をなくすためには、こうやって、触れ合う機会を少しずつ増やして行くしかない、という結論に達したんだよ」
な……何が、『という結論に達した』よっ!?
勝手に結論出さないでッ!!
「ね? これから毎日、少しずつこういう機会を設けて……もっと、お互いわかり合おう? そうすれば、怖いなんて思わなくなるから」
そう言った後、ギルは私のうなじに、チュッとキスをした。
「ひゃ…っ?」
背筋がゾクゾクッとして、思わず声が漏れてしまう。
「もうっ、ギルのバカっ! こんなことして……またウォルフさんが戻って来たら、叱られるに決まってるんだからっ! それが嫌だったら、早く、こんな悪ふざけは――」
「問題ないよ。ドアには鍵を掛けたから」
「……え?」
固まる私に、ギルは再び、耳元で妖しくささやいた。
「ドアには鍵を掛けたから、ウォルフは入って来られない。当分、この部屋は……私とリアの二人きりだ」