第1話 心配性な恋人
誰かに呼ばれた気がして、うっすらと目を開けると。
心配そうに覗き込む、二つの瞳が目に入った。
「リア!……よかった。目を覚ましてくれて。……大丈夫かい? どこか痛むところはない? 何か欲しいものがあるなら、遠慮なく言ってくれ。すぐに用意させるよ」
「……ギル……?」
彼はホッとした表情で私を見下ろしたまま、片手で私の左手を握り、もう片方の手で、優しく頭を撫でてくれていた。
「私……どーして……」
確か、朝食を……国王様と……。
「突然、椅子から床へ倒れ込んだそうだよ。……覚えていないのかい?」
「……椅子、から……?」
……そっか。
そー言えば、急にめまいがして……すごく、苦しくなって……。
それから……なんか、目の前が……いきなり……真っ暗に……。
「気絶……しちゃったのかぁ……」
ぼんやりしたままつぶやくと、握られている手に、微かな痛みが走った。
思わず顔を歪め、ギルの方へ目をやると。
彼は、私の左手を包むようにして握り締め、そこに額を当てて、祈るような格好でうつむいていた。
「ギル?……どーしたの?」
「…………怖かった」
「え?……怖い?」
『何が?』と発するより先に、彼は私を素早く抱き起こし、何も言わずに抱き締めた。
「ギっ、ギル?……ホントに、どーしたの?」
驚いて訊ねると、
「怖かった! 怖かったんだ! 君に何かあったら、どうしようかと思った……! ああ、リア! お願いだ。私を一人にしないでくれ! もうどこにも行かないでくれ!」
今にも泣き出しそうな声で告げ、彼は私に頬ずりし、よりいっそう強い力で抱き締めて来る。
息苦しさに顔をしかめながらも、私は両手を彼の背に回し、落ち着かせるように撫でながら、なるべく穏やかに話し掛けた。
「どこにも行かないで、って……。また、そんな大袈裟なこと言って。ちょっと気分が悪くなって、気絶しちゃったくらいで、そこまで心配しなくてもいいのに。その言い方じゃ、まるで、今にも死にそうだったみたいじゃない?」
大事に思ってくれるのは嬉しいけど。
具合が悪くなるたびに、こういう態度取られちゃったら、うっかり風邪も引いてられないよ。
……まったく。ギルってば。
大袈裟な上に、心配性なんだから……。
彼の胸に顔を埋めたまま、思わず苦笑してしまった。
彼は私の肩に手を置き、強くつかんで体を離すと、怖いくらい真剣な瞳で私を見つめ、
「大袈裟だって?――大袈裟などであるものか! 倒れる時、床に激しく体を打ち付けたそうじゃないか! 頭だって打ったと聞いたよ! そんな状態で気まで失って……どうして心配せずにいられると思う!?……大袈裟なんかじゃない! ちっとも大袈裟なんかじゃないよ!」
怒ってるみたいな強い口調で、私を責め立てる。
「ギル……。でも……私、ホントに……」
緊張を解すために、朝食をパクパク食べちゃって……。
苦しくなったのも、たぶん、そのせいだし……。
とにかく。
体調が悪くなったとか、病気だとか、そーゆーことじゃ全然ないのに。
……なのに、そこまで心配されちゃうと……なんだか恥ずかしくて……。
めちゃめちゃ、申し訳ない気持ちになって来ちゃって……。
……うぅっ。
すっごく居た堪れないよぅ……。
「リア……。本当だね? 本当に、問題ないんだね? 痛いところもなければ、気分が悪い訳でもないね?」
私の頬を両手で挟むと、彼は潤んだ熱い瞳で、じっと見つめて来る。
瞬間。ドキッとなって、私はしつこいくらい、何度も何度もうなずいてしまった。
「……そうか。よかった」
そこでようやく、彼は笑顔を見せてくれ、私もホッと息をついたんだけど。
すぐにまた、真剣な顔に戻って、
「私をこんなに不安にさせるなんて……。悪い子だ。お仕置きをしなければいけないな」
などと言ったかと思うと、私の後頭部に片手を回し、素早く唇を重ねて来た。
「――っ!」
不意を突かれて、ビックリした私は、反射的に彼の体を押しやった。
だけど、当然のことながら、びくともしなくて――。
彼はそのまま唇を重ね続け、私の片手を取ると、ベッドへと押し倒した。
「んっ!?……ん……んぅっ」
つかまれていない方の手で、力いっぱい、彼の体を押し返そうとするけど。
一ミリも離れた感覚がないままに、私は一方的に与えられる彼からのキスを、受け入れ続けなければならなかった。
もぉおおっ!
どーしてまた、こんなことになってるのっ!?
……だいたい、『お仕置き』ってなんなのよ、『お仕置き』ってッ!?
私、お仕置きされなきゃいけないようなこと、した覚えないんですけどっ?
……まったく!
本気で心配してくれてる~って感動してたのに……最後にはいっつも、こうなっちゃうんだから!
もう……ホントに……。
この人の頭の中、いったい、どーなっちゃってるのよぉおおおーーーッ!?




