第4話 姫がドレスに着替えたら
今の声、って……。
「アセナ!」
「アセナさんっ?」
再び、ギルと声が重なった。
ここからじゃ、当然顔は見えないけど。
声の主は、アセナさんに違いなかった。
「何故おまえがここにいる!? いったい、誰の許可を得て――っ」
「国王陛下ですけどぉ? 何か文句あるのかしら、ギルフォード様?」
さらりと返され、ギルは驚いたように、一瞬言葉を失っていた。
「な……っ、ち、父上だと!?」
「ええ、その通りですとも。昨夜のうちに申し付かりましたわぁ~? 『リナリア姫の着付けを手伝ってやってくれ』ってね」
「そ……っ、そんな話、私は聞いていない!――ウォルフ、おまえは知っていたのか?」
「いいえ。私も初耳でございます」
「あぁ~ら、疑うのぉ?……べつにいいのよ、あたしはどっちだって? お姫様がウォルフでいいって言うなら、あたしは引き上げますけどぉ?」
「だっ、ダメッ!! お願いしますアセナさん! 私の着付けを手伝って!」
ここでアセナさんに帰られてしまったら、いよいよ追い詰められてしまう。
そう思った私は、慌ててアセナさんを引き留めた。
「……と、お姫様はおっしゃってますけどぉ?」
そんなセリフの後、しばらく沈黙が続いて……。
「この女に貸しを作らねばならないのは、非常に不愉快だが……仕方がない。リア。アセナならいいんだね?」
ギルの問い掛けに、私はこくこくと何度もうなずいた。(向こうには見えないってわかってても、つい……)
「うん! アセナさんなら問題ない! だって今日、満月じゃないもん! だから大丈夫っ……なんでしょ?」
一応、確認のために訊ねると、また少しの沈黙があり、
「わかった。アセナをそちらへ行かせる。――アセナ、くれぐれも余計なことは言うなよ? 至急、着付けと髪結いを済ませ、リアを私の元へ返せ」
アセナさんに向かって発せられたギルの言葉に、私は『ん?』と首をかしげた。
『余計なことは言うな』って、どーゆー意味なんだろ?
私をいじめるな、とか……そーゆー意味なのかな?
それに……『私の元へ返せ』って言い方も、なんか変じゃない?
べつに、人質に取られるワケじゃないんだから。たかが着付けと髪結いで、そこまで大袈裟なこと言わなくても……。
毎度のことながら、彼の大袈裟な物言いには呆れてしまう。
アセナさんのこと、ハッキリ『嫌いだ』って言ってたし。
なるべく私には近付けたくなくて、妙に構えた言い方になっちゃうのかも知れないけど。
……それにしても。
信頼度の差が、姉と弟では、かなり激しいよねぇ……。
――なんてことを、つらつらと考えているうちに。
アセナさんが、ドレスとリボンとクシと……あと、あれは……えぇと……なんだろ?
とにかく、なんだか見たことのない、下着っぽいものを持って、部屋の中に入って来た。
「おはようございます、リナリア姫様。さ~あ、ちゃちゃっと済ませちゃいましょうねぇ~」
彼女はまず、下着っぽいものを私の上半身に装着させ、くるりと私の体を反転させると、
「そぉ~……ぅれッ!!」
掛け声と共に、腰の辺りから長く伸びている紐を、力任せに引っ張った。
「い――っ!……イタッ、痛い痛い痛い痛いッ!! 痛いよアセナさんっ!」
「少しのぉ、間ぁ、我慢してぇっ、くださいっ、ませぇっ! これがぁっ、淑女のぉっ、たしなみっ、ですわぁああっ!!」
声が途切れるたびに、ぐいっぐいっと紐が引き絞られる。
力任せに体を締め付けられる苦痛で、何度もうめき声が漏れた。
「しゅ……淑女、の……たしな……みぃっ? こっ……これっ、がぁ……っ?」
言いながら、私は思い出していた。
そーだ。
そー言えば、向こうの世界にいた頃、テレビか何かで、観たことがあったっけ。
昔の外国の女性は、下がほわんと広がったドレスを着る時に、『コルセット』ってゆー、強力な補正下着を使ってたって。
それで腰をギュギュウッと締め付けて、くびれが際立つようにしてたんだとか……。
つまりこれは、それと同じようなもので。
今私は、無理矢理に、腰を締め付けられてるってワケか。
……って、ちょっと待って?
こんなキッツいので、ギュウギュウお腹を締め付けたら……朝食どころの話じゃなくなっちゃうじゃない!
ううん。
それどころか、苦しくて辛くて……そのうち、失神しちゃうかも知れない!!
そんな予感に震え、拷問のような苦しさに、涙目になっちゃったりしながら。
私はどうにかこうにか、地獄の時間を耐え抜いた。
こうして。
クラクラする頭を、込み上げて来そうな吐き気を、ひたすら堪えている間に。
アセナさんは私にドレスを着せ、髪を結い、この世界に来てから初めてと言ってもいいくらいの『本物のお姫様』っぽく、私を変身させたのだった。




