第1話 睡眠時の沐浴
夢の中で、私は温かい海の中を漂っていた。
夢だとわかったのは、その海が、あまりにも温かすぎたから。
南方の海だったとしても、ここまで温かい海水なんてあり得ない。――そう思えるくらい、温かかった。
海というより、温水プール……ううん、温泉。
そう、温泉!
温泉だ!
ここはきっと海じゃなく、温泉なんだ。
だったらわかる。だってこの海、磯の香りとゆーか……あの独特な、海の香りが全くしないもの。
海じゃなくて、もっとこう……花の香りのような……。
――ああ、そうだ!
湯浴みしてる時の、モッコモコの泡。あれと同じような香りがする。
泡……アワアワ……。
……湯浴みしてる……時、の……。
「ひゃ――っ!」
突然。
何かが体の上をすべって行く感触がして。
ゾワワワワッとなった私は、大きく目を見開いた。
「ああ、リア。ようやくお目覚めだね」
耳元で響く声に、反射的に振り返る。
「おはよう。あとは体を洗い流すだけだから、じっとしていていいよ」
そう言ってにっこり笑うギルの顔が、すぐ目の前にあって。――しばらく、思考が停止する。
私は、背後からギルに抱き抱えられた状態で、泡風呂の中に浸かっていた。
彼はというと、片手ですくった泡を、私の肌の上に乗せ、撫でるようにゆっくりとすべらせている。
……え?
バスタブ?
……えっ!? 泡アワっ!?
「な――っ!……な、なぁ~~~ッ!?」
自分が今、どういう状況下にあるのか理解した瞬間。
恥辱と怒りの渦が、体内でグルグルと回り出し……私はブチ切れた。
「なにしてるのよあなたはぁあああーーーッ!? 朝っぱらから……朝っぱらからこんな――っ、こんなことしてぇえええッ!! なん――っ、なにっ、……なぁに考えてるのよっ、ギルのバカぁああああーーーーーッ!!」
バシャバシャとお湯を跳ね上げながら、私は彼の腕から逃れようと、めちゃくちゃに手足を振り回した。
「ちょ…っ! リアっ!? お、落ち着いてっ! あと少しで終わるからっ」
「なにが『あと少しで終わる』よッ!? 勝手に、寝てる間にこんなこと……っ! 恋人同士だからって、許されることと許されないことがあるでしょぉっ!? 同意なくこんなことするなんて――っ、もう、信じらんないッ!! 絶対絶対、許さないし許されないんだからぁああああーーーーーッ!!」
「ど、同意なくって言われても……。何度も起こしたのに、君が起きてくれないからだろう? だから、仕方なくここまで運んで――」
「し…っ、仕方なくやるくらいなら、してくれなくて結構ですぅッ!! 体洗うくらい、一人で出来ますからぁッ!!」
『仕方なく』なんて言われて、ちょっと傷付いてる自分がいて……。
その分も加算された怒りは、ますます大きくなって行く。
私は彼の腕を引き離そうと、いっそう両手に力を込めた。
「いやっ、そうじゃなくて――! 急ぐんだよ! もう時間がないんだ! 『仕方なく』と言ったのは、そのためであって――君の体を洗うことが、『仕方ない』と言った訳ではないんだよ」
「……急ぐ? 時間がない……って、どーゆーこと?」
何のことだか気になり、私はピタリと動きを止めて、振り向きざまに訊ねた。
彼はホッとしたように息をつき、
「昨夜、話の続きがあると言っただろう? 朝方にでも伝えれば、充分間に合うと思っていたら、予想以上に、君がぐっすり眠り込んでしまっていてね。話をするどころではなくなってしまったんだ。約束の時間は迫っているし、どうしようかと思ったんだが……。ではせめて、準備だけでも進めておこうか――とね」
またいきなり、『約束』だとか『準備』だとか、訳のわからない話をし始めて。
私は思いっきり、眉間にしわを寄せてしまった。
「話の続きって……そー言えば、結局なんだったの? 準備だけでもって、どーゆーこと?」
「……いや、それが……」
彼は言いにくそうに口ごもり、なかなか先を言おうとしない。
「ねえ。さっき、『急ぐ』って言ってなかったっけ? そうやって、ためらってる暇なんてあるの?」
「ああ……うん。そうだね。……急ぐよ。急ぐんだが……」
「『急ぐんだが』……なあに?」
「……怒らない?」
「へっ?」
「だから……言っても、怒らないでくれるかい?」
私の顔色を窺うように訊ねられ、一瞬、きょとんとしてしまった。
「そんなの、聞いてみなきゃわかんないけど……」
「……まあ、そうだよね……」
ため息をついてから、彼は渋々口を開いた。
「父上が……国王陛下が、君と話がしたいと言っていてね。朝食を共にどうかと、昨夜、言われてしまったんだ。今日の朝しか時間が取れないそうだから、早く支度しないと、約束の時間に間に合わない」
「…………は?」
……え?
国王様が……私と?
国王様って……つまり、ギルの……お父……様……。
え…………えぇええええッ!?
国王様と私がっ、朝食を共にぃいいいいッ!?




