第13話 夜の誘い
「ギっ、ギルっ? もう出たのっ?……は、早かったんだねっ」
食べたばかりのごちそうのことで、頭がいっぱいだったなんて、覚られたくなかった私は。
慌ててベッドから半身を起こし、作り笑いを浮かべた。
「そうかい? それほど早くもないと思うが……。だが、よかった。気分は、すっかり良くなったようだね」
安堵したように微笑む彼に、ドキッとしてしまう。
お風呂上がりの濡れた髪が、妙に……なんてゆーか、その……。
「リア? そんなに顔を赤くして……まさか、熱があるのではないだろうね?」
彼はベッドの端に腰を下ろし、手を伸ばして、私の頬に触れた。
「ねっ、熱なんかないよ! だいじょーぶ! ホントになんでもないからっ」
慌てて首を横に振り、私は思い切り顔をそらす。
でも、彼はそうすることを許さず、私の頬を素早く両手で挟み込むと、
「こら。どうして顔をそらせるんだい? 何か、やましいことでもあるの?」
まるで、瞳の奥に何か見えないかと、探ってでもいるかのように、ぐっと顔を近付けて来た。
「なっ、ないよっ! やましいことなんてあるワケないじゃないっ!」
再び目をつむり、頑として言い張る。
だけど、彼は納得も解放もしてくれなかった。
ますます顔が近付いて来た気配がして。
私はギュギュウっと、これでもかってくらい目をつむる。
「リア、どうして目をつむるんだい?……ほら。早く開いて」
「……ヤダ」
「どうして?」
「……は、恥ずかしい……から」
「何が恥ずかしいの?」
「…………」
「リア……言ってごらん? 何が恥ずかしいんだい?」
「…………」
「リア……。目を開けないと、キスするよ?」
「――っ!」
とっさに目を開け、『ダメ!』って言うつもりで口を開けたら。
ギルの唇が押し当てられ、舌まで入り込んで来て……そのまま深く、甘いキスへと誘われる。
「ん……っ、……や、あ…っ。……んんっ……。め……目を……んぅ…っ、開けないとっ、て……言った、のに……」
両手で彼の肩を押しやろうとするけど、全然力が入らない。
唇が離れる瞬間、声を上げて抗議してみても、彼はちっとも悪びれる様子もなく、
「『目を開けたらキスはしない』――とも、言わなかっただろう?」
などとヘリクツを言ってくすりと笑い、私を心底呆れさせた。
「もう……あなたって人は! どーしてそう、いちいちムッとさせるようなことを、言ったりやったりするのよ!?」
彼は私の手を取って、ゆっくりと口元へ近付けると、
「ムッとした? それは申し訳なかったね。……でも、君もいけないんだよ? 君があんまり……魅力的すぎるから」
ささやくように告げた後、目をそらさないまま、手首にそっと口づける。
「ちょ…っ! ぎ、ギルっ?……なっ、ななな――っ、なにを……っ?」
彼は妖しい瞳で私を見返し、手首から腕の内側の方へ、少しずつ移動しながら、微かに触れるほどのキスを繰り返して行く。
「ギ……ル、やめ……っ。やめ、て……。また、いきなり……こんな、こと……」
行為を続ける間、私から視線を外そうとしない彼に、何故かゾクゾクして……。
恥ずかしいのに……やめて欲しいはずなのに。
彼の瞳に囚われたように動けなくて……口では『やめて』と言いながら、私の片手は、されるがままになっていた。
「ダメだよ、リア。父上に呼ばれる前にも言ったはずだ。『どうしても君が欲しい』と――。君がいない間、私がどんなに寂しい思いをしたか……。今夜は、その身にしっかりと刻みつけてあげるよ」
そう言った後、彼は私に覆い被さって来て、片手を枕と頭の間にすべり込ませると、耳たぶを甘噛みした。
「ひぁ…っ!……あ……待って! 待ってよギルっ!……た、確か、まだ話があるって――」
「事が済んでからでも、充分間に合う話だ。……問題ない」
「こっ、事が済ん――っ? ひゃ…っ! やっ……あ……っ」
首筋や鎖骨に、繰り返しキスを受けるたび。
私はキツく目をつむり、しびれるような感覚に耐え続けなければならなかった。
これが、さっきまで私の体を気遣い、優しく声を掛けてくれていた人と、同じ人なんだろうかと、疑いたくなるほどに。
彼の求めは、息が上がってしまうくらいに容赦なく、情熱的だった。
ホントに……もぉっ!
どーして……っ、この人はっ!
……こーゆー、こと……ばっかりぃ……っ!
次から次へと押し寄せて来る、しびれるような甘い刺激を。
目をつむり、両手に、体中に力を込めてやり過ごしては、受け入れて……。
きっと明日は、寝不足になるだろうと予感しながら。
私はすっかり観念し、彼の後頭部に手を回した。