第7話 国王陛下のおもてなし
湯浴みを済ませてバスルームを出ると、着替え一揃えとタオルが置いてあるのが目に入った。
『ウォルフさんたら、いつの間に……』と、相変わらずの手際の良さに、感心してしまう。
でも、ウォルフさんがここにいる時に、私が湯浴み済ませて出て来てたら、大変なことになってたな……。
……あ。
ウォルフさんは耳が良いんだから、私がバスルームにいるかどうかなんて、すぐわかっちゃうんだっけ。
だったら、そんな心配するようなことにはならないか。
――って、そんなことより。
さっさと着替えて、ギルが戻って来るのを待とう。
ウォルフさん、支度に時間が掛かるって言ってたから、まだ用意出来てないかも知れないけど。
やっぱり、食事はギルと一緒がいいし……かえって、その方がいいよね。
『夕食はなんだろう? 楽しみだな~』なんて思いながら、バスルームのドアを開けると。
離れたところにあるテーブルの上に、見たこともないようなごちそうが、これでもかってくらい並べられていて、私は我が目を疑った。
え……。
なんなの、あれ……?
テーブルの真ん中に、ローストビーフっぽい、大きなお肉の塊が見えるけど……。あれって、幻?
その周りにも、なんかいろいろ……遠目に見ても、かなり豪勢ってわかるくらいの食べ物が、所狭しと……。
とっ、ところせましとぉおおっ!!
きらびやかなごちそうの山に圧倒され、これは夢かと疑い始めた頃。
「リナリア様。大変遅くなりまして、申し訳ございません。ようやく、夕食の支度が整いました」
ウォルフさんの声が、急に耳に入って来て、ハッと我に返る。
ゆ……夢じゃない!?
じゃあ、あれ……あれってホントに、今日の夕食なのっ!?
あまりにも興奮しすぎた私は、はしたないと思いつつも、ものすごい勢いでテーブルに駆け寄った。
ごくんとツバをのみ込み、目の前にあるごちそうの山を、じっくりと見回す。
そこには、ローストビーフっぽい塊はもちろん、ツヤツヤとキツネ色に輝く、綺麗に成形されたパイみたいなのものとか。
大きなエビや、貝みたいな魚介類っぽいのがゴロゴロ入ってる、パスタっぽいものとか。
淡いグリーンのポタージュっぽいものとか。
数種類のパンの盛り合わせとか。
色とりどりの、フルーツっぽい盛り合わせとか。
チョコレートケーキっぽいデザートとか(『っぽい』としか言えないのは、こっちの世界の食べ物の名前、まだあんまり覚えられてないから)
……とにかく。
『こんなに美味しそうな食べ物が、ひとつのテーブルに勢揃いしてるとこ、生まれて初めて見た!』
――って感動してしまうくらいのごちそうが、ズララララーーーっと並べられていたのだった。
「こ――っ! こここここれっ!……これっ、これってっ! これってなっ…………ななななっ、なにっ!?」
どもりまくりで訊ねると、
「ご覧いただきました通り、本日の夕食でございます。国王陛下より、『ギルフォードの大切な婚約者である姫君を、最高の食事でもてなすように』と仰せ付かりましたので、ご用意させていただきました」
ウォルフさんから、さらっと『国王陛下より』って言葉が出て、私はギョッとして目を見張った。
「えッ!? こっ、ここっ、国王陛下って……。えッ!?……な、なんで!? なんで私がいること、国王様が知ってるの!?」
だって……だって!
私がここにいることは、ギルとウォルフさんとフレディと、あとアセナさん。
四人しか、知らないはずじゃなかったのっ!?
だから毎日、コソコソと……人目をはばかってたんじゃなかったっけ!?
「リナリア様が動揺なさるのも、無理のない話なのですが……。どうやら、陛下とマイヤーズ卿にだけ、リナリア様が城にいらっしゃるという情報が、いずこかより、漏れ伝わってしまっていたようなのです」
「ええええっ!?……な……なんでバレたんだろ?……あっ! 私がイサークにさらわれた時、偶然、見られちゃってたとか?」
「いいえ。リナリア様がいらっしゃることは、事件の前より、ご存じだったそうでございます」
「えぇええーーーッ!?……そんな……。ちゃんと隠せてると思ってたのに……」
「はい。……私も、そのことを陛下より告げられました時には、大変驚愕いたしまして……。恥ずかしながら、少々取り乱してしまいました」
「えっ? ウォルフさんが取り乱した?」
「……はい。お恥ずかしい限りでございます」
……うぅむ。
それは、ちょっと見たかったかも……。
――って、いやっ!
今は、そんなこと言ってる場合じゃなくてっ!
「じゃあ……とっくにバレてたなら、どーして今まで、何も言って来なかったの? そのことを知らせるどころか、部屋の様子を見に来たことすらなかったよね?」
それで私、ギルとの関係がうまく行ってないのかとか……冷たい人なのかとか、いろいろ考えちゃってたんだもんね。
「それが、その……。陛下がおっしゃるには、気を利かせたつもりだったのだ、と……」
「気を利かせた?……って、どーゆーこと?」
「お二人に、だそうでございます。若い恋人同士が、同室で数日共に……となると、いろいろあるだろうと……。その、つまり……お二人が睦み合っているところに、邪魔に入りたくなかったのだ、とおっしゃいまして――」
「……なっ!」
その意味がわかった瞬間。
ボボボボボッと、火がついたかのように顔が熱くなった。