第11話 ディナー後のティータイム
「いかがでしょう、リナリア姫様? それらの菓子は、お口に合いますか?」
ティーカップにお茶(たぶん紅茶と同じようなもの)を注いでくれているウォルフさんを、じーっと眺めてたら、ふいに訊ねられた。
私はウォルフさんが作って来てくれた、クッキーみたいなお菓子をごくんとのみ込んでから、大きくうなずく。
「はい! とっても美味しいです! ウォルフさんって、ホントにすごいですね。お菓子まで作れちゃうなんて……。もしかして、料理全般、得意だったりするんですか?」
数種類のクッキーは、どれもうっとりするくらいに美味しかった。
食べてると、なんだかすっごく幸せな気持ちになって、自然と頬が緩んできちゃうんだよね。
ウォルフさんが作ったものって知らなかったら、きっと、プロのパティシエが作ったクッキーって、思い込んでたんじゃないかな?
「得意というほどではございませんが……。命じていただけましたら、どのようなものでもお作り致しますよ。明日は何がよろしいですか?」
「えっ!?――い、いえっ。そんな、明日もだなんて……。そんな頻繁に作っていただかなくても、大丈夫ですよ? 一人分って言っても、さっきの夕食だって、かなりの量ありましたし。大柄な男の人じゃないんですから、そこまで気を遣っていただかなくても。私、大食いってほどじゃないですからー」
そう言ってアハハと笑うと、ウォルフさんは真面目な顔(たぶん)で。
「ですが……『リアは食べることが大好きらしくてね。次から次へと口に放り込んでは、幸せそうににっこり笑って、感心してしまうくらいの量を平らげてしまうんだ。あそこまで思いきりのいい食べ方をする女性を、私は初めて見たよ』とギルフォード様がおっしゃっておりましたし……。どうか、無理だけはなさらないでください。あの夕食の量では、いささか物足りなかったのではございませんか?」
な……っ、何よそれっ!?
『感心してしまうくらいの量』とか、『思いきりのいい食べ方』なんて言われちゃったら、まるで、私が大食漢みたいじゃない!!
「や……ヤダなぁ。ギルってば、そんな言い方したんですか?……そりゃあ、食べることは大好きですけど……。量としては、それほど食べる方じゃあないんですよ?……アハ。アハハ……」
ひきつり笑いで答えると、ウォルフさんは『さようでございますか? それでは、怪しまれぬように、三日に一度ほどでよろしいでしょうか?』なんて言って、一応納得してくれた。
ギル、あなたいったい……。
私のこと、ウォルフさんに、どんな風に話してたのよっ?
他にも、何か余計なこと……あることないこと伝えてたら、しょーちしないんだからねっ?
席を外しているギルに向かって、心の中で不満をぶつける。
ギルはあの後、居心地が悪くなったのか、『少し頭を冷やして来る』と、部屋から出て行ってしまっていた。
だから今、この部屋には、私とウォルフさんだけ。
なのに、全然緊張しないでいられるのは……やっぱり、彼から感じられる、落ち着いた大人の男性――って雰囲気のお陰だと思う。
ウォルフさんの前だと、あのギルですら、まだまだ青臭い少年って感じに、思えて来ちゃうんだもんねぇ……。
まあ、年齢からして、かなり違うんだから、当たり前っちゃあ当たり前なんだけど。(なんたって『神の恩恵を受けし者』は、か~るく百歳は超えてるって話だし……)
「リナリア姫様。少々、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「え? あ、はい。いいですけど――……って、そんなことより!」
「……は? いかがなさいましたか、リナリア姫さ――」
「それっ! その『リナリア姫様』ってゆーの、言いにくくないですか?」
思い切って訊ねると、彼は怪訝そうに首を横に傾けた。
「言いにくい……ですか? いいえ。特にそのように感じたことはございませんが」
「えーっ、そーなんですか? 私は、なんかちょっと……聞いててムズムズするってゆーか……なんですけど」
「ムズムズ?……では、どのようにお呼びすればよろしいでしょう?」
「んー……、そーだなぁ……。普通に、名前だけでお願いします」
「お名前だけ……。では、リナリア様――とお呼びしてもよろしいですか?」
「うん、まだその方がいいです。……ってか、身分がどーのこーのがあるから、そうとしか呼べないのか……」
ホント、めんどくさいよねぇ……身分の差ってヤツは。
ウォルフさんの方が、かなり年上なんだから、敬称略で呼んでくれたって構わないのに……。
「それではリナリア様、改めてお伺い致します。あなた様は、我が主――ギルフォード様のことを、どのように思っておいでなのでしょう?」
「――え? どのように……って?」
「好意を持っていらっしゃるのか――これは恋愛感情において、という意味ですが――それとも、特に好意などは抱いていらっしゃらないのか。……不躾なお伺いだということは、重々承知しておりますが……是非とも、お教え願いたいのです」
「こ……好意って……。そりゃあ……」
……もちろん、恋愛感情として大好き、だけど……。
でも、改めて真正面から訊かれると、どーしても照れちゃうなぁ……。
モジモジして、なかなか返事出来ないでいる私にも、ウォルフさんは、イライラする素振りひとつ見せず、穏やかに待ってくれている。
申し訳ないと思いつつ、私は迷っていた。正直に、ウォルフさんに全てを話すべきかどうかを――。
素直に『大好きです』って伝えれば、済むことなんだろうけど……。
でも、どうしてもあのことが――ギルを裏切ってしまったことが、心に重くのしかかって……。
過程はどうあれ、結果だけ見れば『好き』に決まってるんだから、返事をためらう必要なんてない。
――とは思いながらも、やっぱり複雑だった。
「ギルフォード様は、こちらにお戻りになられてからというもの、『きっと私は選ばれないだろう』と何度も口になさり……自信を持てぬご様子でした」
ふいに。
ウォルフさんが、独り言のようにつぶやいた。
「えっ?……『選ばれないだろう』って……ギルが?……どーして。どーしてそんなこと……」
ウォルフさんには、私とカイルのことも話してるんだ……という思いが、ちょっぴり胸をかすめたけど、そこは流して訊ねる。
「『リアに選ばれる自信がない』と。……『リアはきっと、カイルを選ぶ気がする』と、よくつぶやいておられました」
「自信がない?……ギルが?」
いつも余裕があって、自信たっぷりに見える、あのギルが?
私に選ばれる自信がない……?