第5話 救いの執事?
「あ……。ウォ……ウォルフさんが、来た……」
なんとなくホッとして、起き上がろうとすると。
ギルは、後ろから押え込むように体を重ね、
「しばらく放っておこう。ウォルフも、今日くらいは遠慮してくれるだろう」
なんてことを言って、私のうなじにキスを落とした。
「な――っ!……に、言って……。ダメ――っ、だよ……。ウォルフさっ……ん、可哀……そ……」
逃れようとする私を、彼は覆い被さることで制し、少しも解放してくれない。
「いいんだ。放っておく。いつもいつも、これからという時に限って、邪魔に入るんだからな。わざとやっているのかと、疑いたくなるよ。……まったく」
不満そうにこぼしながら、彼ははぎ取ろうとするみたいに、両手でネグリジェの襟元をつかんだ。
『下ろされる』と思った瞬間、
「ダ――っ、ダメぇえッ! やっぱりダメぇええッ!! ウォルフさんっ! ウォルフさぁああーーーんッ!!」
思わず、叫んでしまっていた。
私が助けを呼ぶとは、思ってもいなかったんだろう。
ギルはギョッとしたように手を止め、戸惑いとも狼狽とも取れる声色で、後ろから問い掛けて来た。
「リ、リアっ? どうしたんだい? 急に叫ぶなんて――」
「いかがなさいましたっ、リナリア様!?」
ウォルフさんの渋い声と共に、ドアが開け放たれる気配がした。
一泊置いた後、ツカツカという足音が近付いて来て。
「我が君! またしても、あなた様は……そのような不埒な行いを……!」
『呆れてものが言えない』といった感じで、ウォルフさんは途中で言葉を切った。
ギルは慌てたように、
「ちっ、違うッ! 無理矢理ではないッ! これは……これはあくまで、合意の上でのことで――っ」
「合意の上……? お言葉ではございますが、そのような状態でおっしゃられましても……いささか、無理があるように思われますが?」
脱がし掛けていたネグリジェに気付き、ギルはハッと息をのんだ。
素早く襟元を引き上げ、取り繕うかのように弁解を始める。
「だ、だからこれは――っ!……そ、その……。こ、こういう愛し方もあるんだ! おまえは知らないだろうが、決して妙な行為を強要していた訳ではなく――っ!……そ、そうだろう、リア? 君は、嫌がってなどいなかったよね?」
救いを求めるみたいに訊ねられ、私はゆるゆると起き上がった。
ネグリジェの襟を整え、後ろを向いたままボタンを留める。
「さ……最初は、嫌じゃなかった、けど……」
「……けど?」
ギルとウォルフさんが、声を合わせて先を促す。
「さ……さっきのは、ちょっと、怖くて……。困って、た……」
ぼそぼそと返事する私を見つめ、ギルはショックを受けたように押し黙り……ウォルフさんは、深々とため息をついた。
「我が君? リナリア様は、このようにおっしゃっていますが……?」
ウォルフさんにやんわり訊ねられ、ギルもまた、大きくため息をつく。
「ああ、わかっている。……悪いのは、全て私だ」
ガックリと肩を落とす彼を見て、ちょっと申し訳ない気もしたけど。
怖いって思っちゃったのは事実だから、私は言葉もなくウォルフさんに視線を移した。
彼は『わかっております』と言うみたいに、ひとつ小さくうなずくと、
「それはそうと致しまして、ギルフォード様。国王陛下とマイヤーズ卿がお呼びでございます。至急、身だしなみを整えられまして、執務室へお向かいください」
そう告げて、うやうやしく頭を下げた。
国王様――ギルのお父様が呼んでるって、ウォルフさんに告げられたとたん、彼は憂鬱そうにため息をつき、
「わかった。面倒だが仕方がない。事が事だからな……」
沈んだ声で漏らすと、すぐさま部屋を出て行こうとする。
「あ……。ちょっと待って!」
私は慌てて、彼の手を取って引き留めた。
怪訝顔で振り向く彼に、不安でいっぱいの気持ちを押し隠しながら、無理して笑いつつ訊ねる。
「あの……。さっき言ってたことだけど……あれは、大袈裟に言っただけだよね? ギルと私が離れ離れになるなんて……そんなこと、ありっこないよね?」
「……リア」
彼は一瞬、悲しげに顔を曇らせたけど、すぐに微笑し、うなずいてくれた。
「ああ、大丈夫だ。あの時の私は、悲観的に考えすぎていた。今は、君のお陰で落ち着くことが出来たし……もう、弱気になったりはしないよ。絶対に、悲劇は回避してみせる。安心して待っていてくれ」
「……うん。待ってる」
完全に不安が消えたワケじゃないけど、今は彼を信じよう。
私がウジウジ考えてたって、何も変えられはしないんだし……。
彼は私の肩に手を置き、頬にそっとキスすると、落ち着いた足取りで部屋から出て行った。
閉じたドアをじっと見つめ、両手を胸の前で組み合わせて、私はしばらくその場でたたずんでいた。
そこにウォルフさんが、
「リナリア様。私はご夕食を用意して参りますので、もうしばらくお待ちください」
一礼して、そのまま立ち去ってしまうのかと思ったら、数歩先で立ち止まり。
「私としたことが、うっかりしておりました。――申し訳ございません、リナリア様。今宵の夕食は、準備に少々、お時間をいただくことになるやも知れないのです。その間、ただ待っていらっしゃるというのは、お辛いでしょう。いかがですか、湯浴みでもしておられては?」
『ギルを待ってる間、どうしてようかな?』と考えていたところだったこともあって。
「えっ?……あ、ああ……。うん、そうだね。じゃあ、そうさせてもらおうかな」
ウォルフさんの提案を受け入れ、私は素直にうなずいた。




