第1話 不可解な言動
私達は秘密の通路を通って、無事に城へと戻って来ることが出来た。
秘密の通路って言っても、その存在を知る者は、今や、ウォルフさんとアセナさんしかいないらしい。
秘密ってくらいだから、あまり人には知られたくない、隠しておきたい通路だってゆーのはわかるんだけど……。
国王様さえ知らないってゆーのは、どーしてなんだろう?
不思議に思って訊ねると、
「先々代の国王陛下に、命じられていたのです。『あの通路は、大分古くなっていて危険だ。いっそ、存在ごと葬り去ってしまえ』と――」
物騒なことを、ウォルフさんにさらりと言われてしまい、私はたちまち蒼くなった。
「き、危険……って?……た、確かに、あちこち傷んでるってゆーか……砂とか土とか水とか、小さい石ころとか……たまに、上から落ちて来たりしてたけど……。あれってやっぱり、相当危険だった……ってこと?」
自然と声が震え、笑顔が引きつる。
ウォルフさんが答えようとするのを、手で制し、ギルが口を開いた。
「ああ、そうだ。ウォルフから、その存在を知らされた時、運が悪ければ、通路自体が崩れて来て、生き埋めにだってなりかねないと、止められたんだが……。それでもいいと言ったんだ。誰にも気付かれずに、君を救出しに行くには、それしか方法がないと思ったからね」
「そんな! 生き埋めって……」
あの通路、そこまで危険だったんだ!?
……あ~……、崩れて来なくてよかったぁ~~~。
運が悪い方じゃなくて、ホントに助かったよぉ……。
今更ながら、無事に戻って来られたのが、奇跡みたいに思えて来て。
私は胸元を押さえ、ほぅっと小さくため息をついた。
「リア……。君にまで怖い思いをさせて、すまなかった。だが、わかって欲しい。ああするより、他になかったんだ」
ギルは私の頬に手を当てて、辛そうに眉根を寄せる。
私は慌てて頭を振り、
「う、ううんっ、だいじょーぶ! ちょっとびっくりしただけ。……ごめんね。ギル達を責めてるワケじゃないんだよ?」
彼の手を取り、そっと両手で包み込んだ。
「リア……」
彼はそのまま私を抱き寄せ、痛いくらい強く抱き締める。
「よかった、君が無事で……。間に合わなかったらどうしようかと、怖くて堪らなかった。……リア……リアっ!」
「ギ……ギル……」
いつもだったら、『ウォルフさんがいるのに!』――なんて、気にしちゃうところだけど……。
今は……今だけは、誰が見ていようと、構わないと思った。
私のことを心配してる間、この人は、きっと想像じゃ追い付けないくらい、辛い気持ちを抱え続けていたんだから。
そんな彼を、冷たく突き放すなんて……出来るワケがなかった。
「ギルフォード様。私は命じられた任務を果たして参ります。その後で、国王陛下とマイヤーズ卿に、先ほどのことをお伝えし、これからどのようにしたらよいか、ご意見を伺って参りましょう。ご夕食は、少々遅れてしまうかも知れませんが、ご了承ください」
私達に気を遣ってくれたのか、ウォルフさんはギルの返事を待たず、ドアの方へ歩いて行く。
彼が部屋から出て行くと……しばらくの間、辺りはしんと静まり返った。
私はギルの腕の中で、そっと目を閉じ、彼の鼓動に耳を澄ませる。
ドク、ドク、ドク――って、いつもより大きく、速い鼓動。
この音が静まるまで、こうしていよう。
……ううん。ずっとこうしていたい……。
そう思い始めた頃。
彼は突然体を離し、私の頬を両手で挟み込んで――怖いくらい真剣な顔で、じっと見つめて来た。
「ギル……?」
どうしたんだろうと見返すと、いきなり唇が重ねられ、片手がネグリジェのボタンに伸びて来て――。
「んっ、んぅ……!……やっ、ちょ…っ! ちょっとギルっ? こっ、こんなこと、してる場合じゃ…っ!」
驚いて肩を押しやり、どうにか顔を背けて、抗議の声を上げる。
彼は私の言葉を聞き入れることなく、ボタンをひとつふたつと外すと。
耳を甘噛みし、形をなぞるように、舌を這わせて来た。
「ヒ…っ!……や……ヤダっ、やめ……っ」
みっつめのボタンが外され、舌が、唇が、首筋を上から下へとすべって行く。
「……ギ……ル……っ、もう……や――っ、ん……んん…っ」
もう一度唇にキスされ、激しく求められて――なにがなんだかわからなくなる。
押しやろうとする手をつかまれ、逃れようと顔をそらせても、また唇をふさがれ、体中、電流が走ったみたいにしびれて、身動きが取れなくなってしまう。
……ど……して……?
拒みたい、のに……。
拒まなきゃ……いけないって、思う……のに……。
……力が……。
……ダメ。
ぜん、ぜん……入らなっ……。
頭がくらくらして、息が上がって……。
気が付くと、私はいつの間にか抱き上げられていた。
何度目かのキスを受け入れているうちに、ベッドまで運ばれてしまう。
「ギル…っ。わ、私……昨夜、お風呂入っ…………ゆ、湯浴み……してな……い」
息も絶え絶えになりながら、なんとかそれだけ伝えると、
「問題ない」
彼は静かに答え、最後のボタンを外しに掛かった。
「や――っ、だ……。も、もんだ……い、ある……」
ちっとも思い通りにならない腕を、励ますように持ち上げ――そのまま胸元へと運び、ボタンを外そうとしている彼の手に、そっと重ねる。
「おね……がい……。せめて……ゆ、湯浴み……させて?」
「ダメだ」
「や……。そん、な……」
恥ずかしくて、涙がにじんで来る。
私は必死に頭を振るけど、悲しいほど力が入らなくて……それだけじゃ、意思表示になっていない気がした。
「リア……。そんな顔しないでくれ。私は……君を傷付けたい訳じゃない。傷付けたくなんかないんだ!」
「……ギ……ル……?」
何故だか、彼まで泣きそうな顔をしていて、私は戸惑って首をかしげる。
「リア――!」
彼は私の両手を取って握り締めると、その上に、まるで祈りを捧げるみたいにして、額を押し当てた。
――その時、ようやく気が付いた。
彼の手も、微かに震えていることに……。
「ギル?……ど、どー……したの?……なんで……震えて、るの……?」
訊ねると、彼は大きく頭を振って。
「いや。……なんでもない。なんでもないんだ。……本当に、なんでも……」
否定した後、彼はしばらく沈黙し……震えが治まるのを待つように、その姿勢のままうつむいていた。
「……いや。やはり、君に嘘はつきたくない。……リア。私は怖い。怖いんだ――!」
「怖……い?……って、なにが……?」
「君を……諦めなければならなくなるかも知れない。失うことになるかも知れない。そのことが……とても怖いんだ」
「……え……?」
意味がわからなくて、すぐには言葉を返すことさえ出来なかった。
私を……諦める……?
失うことになるかも……って、どーゆーこと……?
「ギル……? あなた……なにを言ってるの……? ど、どーして…っ、なんで私を、諦めなきゃいけないの?」
混乱の中、喚き立てたい気持ちを必死に抑え込み、彼に問い掛けた。
だけど、彼はうつむいたまま……震える手で、私の両手を握ったまま、何も答えてくれない。
「ねえ……何か言って?……ど……どし、て……黙ってるの?……言ってくれなきゃ、なにも……何もわかんないよっ!」
沈黙が怖くて――。
答えてくれない彼が、怖くて。
私は何度も、繰り返し繰り返し訊ねては、明確な答えを求めた。
太陽が傾き、夕闇が迫る時刻になっても、彼は押し黙ったまま、方を震わせるばかりで……。
私は薄暗い部屋の中で――心細さに、泣き出したくなる気持ちと闘いながら、彼の返事を、ひたすらに待ち続けた。