第4話 二人だけの世界
「君がさらわれた時、正直なことを言えば……君を追う方を、優先させようかとも思った。――いや。本音を言えばそうしたかった。だが、私がフレディを放ったまま、迷わず君を追ったと知ったら、君はどう思うだろうと、とっさに考えた。……君は、きっと悲しむだろうと思った。弟を見殺しにして、迷うことなく、恋人を救出しに向かったと知ったら、君は私を許さないだろう。……だから、すぐに追うことが出来なかった。それがどんなに辛いことか、想像してみてくれ――! この身を切り刻まれた方が――生きたまま火あぶりにされた方が、よほどマシだ! 私がうろたえている間にも、君が、どんなひどい目に遭っているかと考えたら、気が違ってしまいそうだった!……もう、あんなことは二度とごめんだ。あの辛さを、もう一度味わわなくてはならないくらいなら、殺された方がずっとマシだッ!!」
「……ギル……」
キスされてる間は、絶対、文句言ってやろうって思ってたけど……。
今の告白で、そんな気持ち、全部どっかに行っちゃった。
私がのんきに気を失ってる間、ギルは、一人で辛い気持ちを抱えて……。
苦しみながら、それでも……フレディを助けてくれたんだね。
私が悲しむから……って言ってたけど、ホントは、それだけじゃないでしょう?
ギルだって、フレディに、死んで欲しくなんかなかったんだよね?
だから、放っておけなかった。……ね、そうなんでしょう?
……ありがとう、ギル。
フレディを助けてくれて……見捨てないでいてくれて。
そして、ごめんね。
いっぱい、辛い想いさせちゃって……苦しめて、ごめん。
「ギル……ごめんなさい。私、もうどこにも行かないから。ずっとあなたの側にいるから。寂しい想いなんて、もう絶対させないから――!」
抱き締めている腕に力を込めると、彼はもっと強く抱いて、
「ああ、そうしてくれ。そうでなければ、本当に気が違ってしまうかも知れないよ。……リア。もう二度と離さない! 誰にも君を渡すものか!」
情熱的な言葉を口にした後、私の顎を上向かせ、もう一度甘いキスをする。
今度は私も拒まず、真正面から受け止め、受け入れて……。
一時、自分達だけの世界に浸ってしまっていた。
すると、
「あーあぁ。――ったく。いつまでイチャついてんだ、世間知らずの貴族の坊ちゃん、嬢ちゃん共はよぉ。……これだから嫌なんだ、金持ちってヤツは。金も暇も有り余ってやがるから、愛だの恋だのくっだらねえ、腹の足しにもなんねえようなことに、うつつを抜かしてられんだよな」
つまらなそうな、イサークのぼやき声が聞こえて来て……。
「ちょっ、ちょっと兄さん! 王子様とお姫様に向かって、なんてこと――!」
ニーナちゃんに注意されても、イサークはどこ吹く風って感じだ。
ふいっと横を向き、私達に当て付けるように言い放つ。
「ニーナ。おまえは、こーんなチャラチャラしたヤツらみてえになんじゃねえぞ? 愛だのなんだのって、子供のうちから言い始めやがったら、俺はぜってぇ許さねえからなっ?」
「な……っ!」
なんですって!?
チャラチャラしたヤツらぁ――!?
反論しようと口を開きかけると、ギルの手が、制するように私の腕をつかんだ。
その代わり、彼はイサークに向かい、
「貴様という奴は、己の立場というものがわかっていないらしいな? リアがかばってくれていなかったら、貴様がどういう運命に見舞われていたか……想像する頭すらないのか?」
冷たい視線を上に投げて(イサークの方が、ちょっとだけ背が高いから)問い掛けると、返事を待つように腕を組んだ。
イサークも負けじと腕を組み、
「へっ! 姫さんに従うってぇ約束は、一応したがな。あんたに従うつもりなんざ、これからだって毛頭ねえよ。あんたが何を言おうが、一切聞く耳なんざ持たねえからな」
負い目があるはずのギルに対しても、これっぽっちも悪びれず、挑むような言葉を吐く。
これが漫画のひとコマだったなら。
背景には……そうだなぁ。稲妻でも、走らせちゃってるところかなぁ?
……あ、でも。
大きい火花バチバチバチィッ――とか、二人の間に激しく散らせる方が、イメージとしては近かったりする?
私の心の声が、この時、もしも周りに漏れちゃってたとしたら。
きっとまた、『のんき』だって、呆れられてしまったに違いない。
心の声を発してしまわないように、充分気を付けつつ――。
私は為す術なく、彼らを交互に見つめていた。




