第2話 なりふり構わず
「ギルっ! あんまり怖がらせるようなこと言わないでっ!」
『牢獄』だの『死罪』だのと、平気で口にするギルに頭に来て。
ニーナちゃんをギュッとしながら、思い切りにらみ据えると、彼は困ったように口をへの字にした。
「私だって、好きでこんな話をしているわけではないよ。しかし……客観的に見て、死罪が一番あり得るんだ。現実から目をそらして、気休めを言ったところで、今更どうにもならないだろう?」
「だからって、こんな小さな子の前で、そんな物騒な話しなくても――っ!」
「仕方ないじゃないか。もう時間がないんだ。今ここで、この男をどうするか決めてしまわないと、城に戻れない。……私達は、秘密の通路から抜け出して来たんだ。早く城に戻らねば、大変なことになる。私だけなら、部屋で寝込んでいることになっているのだから、しばらくは気付かれることはないだろうが……ウォルフはそうは行かない。城を留守にしていれば、誰かしらに怪しまれてしまうだろう? そうなる前に、戻らなくてはいけないんだ」
「秘密の……通路?」
へえ~……そんなものがあったんだ?
なんかそーゆーのって、いかにもお城~って感じでいいなぁ。
……フフッ。ちょっとワクワクしちゃうよね。
――ってダメダメっ!
今は、ワクワクしてる場合じゃないんだってば!
「でも、ここで決めなきゃいけないって言っても、死罪なんてひどすぎるよ! お兄さんがいなくなっちゃったら、ニーナちゃんはどーなるのよっ!?」
「彼女は……気の毒だが、身寄りのない子供達のための施設にでも、預けるしかないだろうね。他に引き取り手がないのであれば、の話だが――」
「だからっ! その引き取り手は、私ってことでいーじゃない! うちの城のメイドさんになってもらうよっ!」
「……まあ、どうしてもそうしたいのであれば、彼女についてだけは、君に任せてもいい」
「ホントっ? ありがとうギル! 感謝しますっ!」
彼が許してくれたのが嬉しくて、ニーナちゃんを強く抱き締め、おまけに頬ずりまでしてしまった。
「だが、兄はまた別だ。このまま、黙って見逃すことは出来ないし、君に預ける訳にも行かないよ。……第一、私のことはまだいいが……君は、シリルの気持ちを考えたことはあるのかい? 彼は、もう少しで殺されるところだったんだよ? 自分を殺そうとした男が、同じ国にいるというのは……あまり、気持ちの良いものではないんじゃないかな?――シリル。正直なところ、君はどう思う?」
「えっ?」
急に話を振られて、ビックリしたんだろう。
シリルは目をぱちぱちさせて、ギルと私を交互に見やった。
「君だって、自分を殺そうとした男のことなど、許せやしないだろう? 同じ国にいたくはないよね?」
「ギルっ! 誘導するみたいな訊き方はやめてっ!」
そうは言いつつも、私は内心反省していた。
私、イサークとニーナちゃんを助けたいって、そればかりで……。
シリルや、ギルやフレディの気持ちまで、考えてなかった。
みんな、私にとって大切な人達なのに。
イサークとニーナちゃん兄妹に出会うまでは、彼らが傷付けられたり、殺されそうになったこと、ずっと『許せない』って思ってたはずなのに……。
……そーだよ。
みんなが死なずに済んだのは(フレディのことは確認してないけど、生きてるって確信してるし)、ギルの治癒能力のお陰なんだ。
彼にその力がなかったら、今頃、きっとみんな……。
考えたら、突然怖くなってしまった。
結果だけ見れば、みんな生きてるんだし、だからこそ、イサークを許そうって気持ちにもなれたんだけど……。
でも、もし……もしも、この中の誰か一人でも、命を落としてしまってたら?
……私は、今と同じように、イサークのこと許せてたのかな?
そこまで考えて、私は思い切り首を振った。
そんなの、わかんない!
もしも、だったら……なんて話は、いくら考えたってわかんないよ!
経験してみなきゃ、わかるワケない!
だから……もう考えないって決めた!
とにかく、今。
今私は、二人を助けたい。
――助けたい!
助けたいの!!
二人には、これから幸せになってもらいたい。
それだけなんだってば……ッ!
私は意を決して、ニーナちゃんから体を離すと。
シリルとギルの前で正座し、両手をついて、深く頭を下げた。
「ひ――っ、姫様っ!?」
「リア? 君はなにを――っ」
シリルとギルが、同時に声を上げたけど、私は顔を上げなかった。
こんなことするのは、むしろ、卑怯なのかもしれない。
相手の同情心や、良心に訴える方法を取るなんて、ズルいことなのかもしれないけど……。
でも、私……先生みたいに、頭良くないから。
こういう場合どうすればいいかなんて、全然思いつかないんだもの。
どうすれば、イサークを許してもらえるのか。
どうすれば、この兄弟を引き離さずにいられるのか。
……情けないけど、どうしてあげることが一番いいのか、私にはわからないから……。
卑怯だとしても。
ズルかったとしても。
愚かだとしても……。
今の私には、こうすることしか出来ないんだ!
「シリル、ギル、お願い! イサークのこと、許してあげてくださいッ!……お願い! お願いします!……もう少しで、命を落としてたかもしれないあなた達に、お願い出来ることじゃないってことは、わかってるんだけど……。でも、それでも……お願いしますっ! イサークを許してあげてくださいっ! お願いしますっ! お願いしますッ!!」
「リア、やめるんだ! そんなことをしてはいけない!」
屈み込み、私の両手を取って、ギルは強引に立ち上がらせようとする。
シリルも私と同じように、その場にひざまずき、泣きそうな顔で訴えて来た。
「そうですよ、姫様! お願いですから、こんなことしないでください! 僕…っ、僕、姫様にこんな……こんなこと、させてしまうなんて……」
うっと詰まり、シリルはとうとう泣き出してしまった。
「シリル……。ごめんね。こんな、卑怯かもしれないことして、ごめんなさい。でも、私……どうしても、イサークのこと、許してあげてほしくて――」
「許します! いくらだって許します!!……僕、少しも恨んでなんかいません。僕が許せないのは、自分自身なんです。僕が弱いから……僕が弱かったから、姫様のこと、ちゃんとお守りすることが出来なくて……。そのことが悔しいだけなんですッ! だから……だから、姫様が許すとおっしゃる人なら、どなただって許します。許しますから――っ」
「シリル!」
彼をギュッと抱き締めて、もう一度謝った。
「ごめんね。ごめんねシリル。ありがとう……」
「姫様――っ。僕の方こそ、ごめんなさ……い……」
抱き締め合う私達を前に、ギルは、今日何度目かのため息をつく。
「……まったく。呆れたお姫様だ。泣き虫の護衛というのも、困ったものだな」
顔は見えなかったけど、声の調子は、とても優しかった。
そのやわらかさ、温かさで、ギルも許してくれたんだと感じ、私は心底ホッとした。
その後、しばらくの間。
私とシリルは、地面に膝をついたまま抱き締め合っていた。




