第16話 叱責されて
イサークの名前を出したとたん、ギルの表情が険しくなり。
焦った私は、彼について知っていることや、思ったことなどを、一気にまくし立てた。
「あっ、あのねっ! わ、私をさらった人、イサーク・ガルバンってゆーんだけどねっ、彼、思ったほど悪い人でもなくて、それどころか、ほらっ、この地面に転がってる人の仲間に、私が襲われそうになった時にもねっ、ちゃんと助けてくれて、守ってくれてねっ。そ、それからそのっ、妹さんがニーナちゃんってゆーんだけど、これまたすっごく可愛い子でねっ?……あ、ほらっ、さっきシリルが助けてくれた子! あの子がニーナちゃんなんだけど、ホントに可愛くってお兄さん想いで、その上しっかりしてて、まだあんなに小さいのに、感動するくらい料理も美味しく作れてっ。……と、とにかく、めちゃめちゃいい子なのっ! えっと、それでねっ」
「リア……」
「それでっ、えっと……えー……っとぉ~……んん? なんだったっけ?……まっ、まあとにかく、ニーナちゃんは可愛いし、イサークも妹想いで、思った以上に強くて身軽で頼りになるし、これからは悪いことしないで、罪もちゃんと償うって約束してくれたし、だからねっ、あの――っ」
「リア! わかったから、落ち着いて話を聞――」
「だからっ! イサークとニーナちゃんに、私の国に来てもらおうと思ってっ!」
思い切って、イサークにした話を、ギルにも振ってみた。
黙ってたって、どうせすぐバレちゃうことだし。
揉めるなら、早い方がいいと思ったんだ。
何もかも覚悟の上で、イサークとニーナちゃん(ニーナちゃんには、まだ話してないけど)を国に誘ったって、正直に伝えたら。
案の定、ギルは『信じられない』と言いたげな顔のまま、絶句して固まってしまった。
「……あの……。ギっ、……ギル……?」
恐る恐る声を掛けると、彼は『な…っ』っと一声発してから、固く拳を握り締め、ぶるぶると震え出した。
目をつむり、大きく息を吸い込んでから、再びカッと目を見開き、
「何を考えているんだ、君はッ!? とても正気とは思えないッ!!――君の国に連れて行くだと!? しかも二人ともッ!? 君は、自分が何を言っているのか――何をしようとしているのか、本当に理解しているのかッ!?」
空気がビリビリするくらいの大声で、いつになく厳しい口調で私を叱った。
「……だ……だって、二人は――」
「『だって』じゃないッ!!」
思い切り顔を近付けながら、一喝される。
私はギュッと目をつむって、体を小さく縮こめた。
「忘れたのか!? あの男は、何度も君と私をつけ狙い、直接関係のないシリルや――フレディまでも、危うい目に遭わせて来たんだぞッ!? そんな危険な男を、君の国へ連れて行くだと!?……あり得ない! 正気で言っているとは思えないよ!」
ギルは私の肩に両手を置き、軽く揺さぶりながら訴える。
「リア。お願いだから、妙なことを言い出さないでくれ。君はきっと、あの男に、都合よく丸め込まれているだけなんだ。――騙されているんだよ。どうか、早く目を覚ましてくれ。今ならまだ間に合う!」
「……ギル……」
すぐに受け入れてもらえるとは、思ってなかったけど。
ここまで強く反対されるとも、正直、思ってなかったなぁ……。
もしかして、これは……予想以上に、説得するのは困難……って、覚悟しといた方がいいのかも知れない。
そんな風に思い始めた頃、
「あの……。それ、どういうことですか……?」
後方から、ニーナちゃんの震え声が聞こえて来て、私はハッと息をのんだ。
「兄さんが……兄さんが、あなた達を……殺そうと……したんですか?……本当に?」
「ちっ、違うのニーナちゃん! これは――っ」
慌てて振り返り、私は首を横に振った。
「でも……。今、確かにその人……言いましたよね? 兄さんが……兄が、あなた達を何度もつけ狙って……殺そうとした……って」
「そ――っ、それは……」
とっさに言葉が出て来なくて、私は彼女から目をそらし、うつむいた。
ど……っ、どーしよう!?
ニーナちゃんにだけは、知られたくなかったのに……。
知られちゃいけなかったのに!
どうしていいかわからず、ただ必死に、彼女を納得させられるような言い訳を、ぐるぐると考えていた。
だけど……情けないことに、たったひとつすら浮かんで来ない。
嘘をつくにしても、どんな嘘をつけばいいのかわからなかったし。
うまい嘘を考えついたとしても、この私が――上手に嘘をつき通せるとも、思えなかった。
私はいよいよ困り果て、いっそのこと、今のは全部お芝居――早く言っちゃえば『ドッキリ』みたいなものなんだと、言ってしまおうかと思った。(……まあ、そう説明するとしたら、まずは『ドッキリ』ってものの説明から、始めなきゃいけないけど)
すると、
「もういいって、姫さん。ニーナには、俺からちゃんと話す」
イサークの声がして、反射的にそちらへ目をやる。
視線の先には、思ったより落ち着いた表情をしている彼がいて、私と目が合うと、微かに笑みを浮かべた。
「イサーク……。でも――っ!」
彼は私を制するみたいに、片手を前に出し、首を左右に振った。
「いいんだ。自分が仕出かしちまったことだ。その事実から逃げ出せるなんざ、端から思っちゃいねえよ」
彼は寂しげに薄く笑った後、ニーナちゃんに視線を移す。
「ニーナ。これからおまえに、本当のことを話す。おまえにとっちゃ、辛い話になるだろうが……聞いてくれるか?」
イサークが話す内容を、おおかた予想出来ているだろうニーナちゃんは。
胸の前で組み合わせた両手をギュッと握り締めると、緊張した面持ちでうなずいた。




