第14話 人質
緊張感に包まれる中、のんきを自覚しつつあった私とイサークに向かって。
業を煮やした男二人が、同時に斬り掛かって来た。
ダメ!
逃げられない――!
私は両目をつむり、亀が甲羅の中に頭を引っ込めるようなイメージで、小さく体を縮こめた。
――瞬間。
『ドカッ』だの『ボスッ』だのって音がして、『ギャッ』だの『うぐっ』だのってうめき声も、聞こえて来たりして。
何事だろうと、恐る恐る頭を上げて窺うと。
数メートル先で、男二人が、ドサッという音と共に地面に突っ伏した。
「……え……?」
私はしばし呆気に取られ、すぐには声も出せなかった。
え……?
ちょっと、嘘でしょ……?
いくらイサークが強いからって……やっつけられるの早すぎじゃない?
……よっぽど、弱い人達だったのかな?
それとも、イサークが……ホントのホントに、達人級に強いのかな?
でも、どっちにしろ……私が目をつむってる間に、勝負はついちゃったワケだよ……ね?
「ねえ……。イサークって、超能力か何か、持ってたりするの?」
目の前の光景が、すぐには受け入れられなくて。
気絶した男達を、細い紐みたいなもので縛り上げているイサークに、思わず訊ねてしまった。
「ああ? チョーノーリョク?……なんだそりゃあ?」
怪訝顔で振り向く彼を見て、ようやく納得する。
どうやらこれは、超能力によるものでも何でもなく、彼の実力らしいと。
「ああ……うん。わからないならいいの。……でも、ホントにイサークって強いんだねぇ。顔上げたら、二人とも伸びてるんだもん。ビックリしちゃった」
話掛けている間にも。
彼は男達を紐でグルグル巻きにし、森の木の一本に、二人まとめて縛り付け、逃げられないようにしてしまった。
彼は『いっちょあがり』って感じで、両手をはたいて汚れを落とすと、特に自慢する風でもなく、
「べつに。こんなのどうってことねえさ。こいつらが、異常に弱すぎるんだ。剣もナイフも、使うまでもなく片付いちまったしよ。……ったく。こんなヤツらしか差し向けらんねえとは。俺も、甘く見られたもんだよな」
心なしか傷付いたようで、ムスっと口をとがらせた。
「まあまあ。簡単に片付けられたんなら、よかったじゃない。誰もケガせずに済んだんだし」
「そりゃまあ、そうだけどよ……」
まだどこか不満そうな彼をなだめ、私達は家へと引き返した。
「――あ。そー言えば、ニーナちゃんはどこにいるの? 当然、無事なんでしょ?」
「ああ。家ん中の、見つかりそうもないとこにいる。『声出さずにじっとしてろ』って言って、押し込めて来た」
「そっか。他の四人も、とっくに倒しちゃったんでしょ? それなら安全だよね。……あ~、よかったぁ……」
ホッとして、自然に笑みがこぼれる。
「けど、中のヤツらは、拘束してる暇がなかったから、床に転がしたままなんだ。戻ったら、縛り上げとかねえと。目を覚ましたら、めんどくせえことになるしな」
「ええっ、そーなの? だったら急がないと!」
「ん?……お、おう。そーだな」
顔を合わせてうなずき合い、私達はどちらからともなく走り出した。
あいつらが目覚めてたとしても。
ニーナちゃんは、秘密の場所に隠れてるんだから、それほど心配することはないはず。
……とは思うんだけど、万が一ってこともある。
私はなんとなく胸騒ぎがして、妙に落ち着かない気持ちになっていた。
……大丈夫。
悪い予感なんて、当たるワケない。
大丈夫……大丈夫っ!
祈るような気持ちで家の前まで来ると、私達は同時に息をのみ、立ち止まった。
「ニーナちゃん!」
祈りも空しく、嫌な予感は当たってしまっていた。
家の中で気絶していたはずの男一人が、ニーナちゃんを片手で抱え込み、彼女の喉元に剣先を突き付けて、私達を待ち構えていたのだ。
「動くなッ! ちょっとでも動いたら、おまえの妹の喉を掻き切ってやるッ!」
「兄さんっ! 私のことはいいから、早く逃げてぇええーーーッ!!」
「黙ってろガキがッ!! ブッ殺されてえのかッ!?」
絶叫する彼女に、男の怒声が飛ぶ。
「きゃああッ!」
男に頭を殴られる彼女を見て、
「やめろッ!! 妹には手を出すなぁッ!!」
悲痛な声でイサークが叫んだ。
その声で、自分が有利な立場にいることを、完全に実感したんだろう。男はすごくいやらしい笑みを浮かべた。
「やめて欲しかったら、武器を全部捨てろ! それから、その場にひざまずいて、頭を地面にこすりつけ、両手を上に上げな!」
「な――っ! なに言ってんのよ、この……っ」
カッとなって、文句を言ってやろうとした私を、イサークが手で制する。
「よせっ! ニーナの命がかかってんだ!」
「――っ!」
初めて聞く、弱気とも取れる声に、ズキンと胸が痛む。
何も出来ない悔しさに、私は黙って唇を噛み締めた。
「武器は捨てる! 妹には、一切手を出さないでくれッ!!」
イサークはそう言うと、持っていた剣と、懐に隠し持っていたナイフを、男のいる方に放り投げた。
「次は、ひざまずくんだったな!?」
「そうだ! それから、頭を地面にこすりつけろ! 両手を上げて、『許してください。何でも言う通りにします』と言え!」
「えっ、ちょ――っ!」
することがひとつ増えてるじゃないッ!!
こっちが手を出せないからって、あの男ぉおおッ!!
はらわたが煮えくり返るくらい頭に来たけど、ぐっと堪えた。
私が口出ししたら、更に無茶な要求が増えるかも知れない。
でも……でもやっぱり――!
イサークに、土下座みたいなことさせたくない!
意を決し、
「待って! 人質なら私がなるから、ニーナちゃんを解放してッ!」
私は男に、人質の交換を持ち掛けた。




