第12話 捕らわれて
――あ、やっと動いてくれた。
私の呼び掛けに、答えてくれたのか……な?
様子がおかしいと思った時には、手遅れだった。
暗闇に潜んでいたのは、どうやら味方ではなかったらしい。
何故そう思うかって……こちらに向かって歩いて来る数人の男達は、鞘から引き抜いた剣を片手に、ニヤニヤといやらしい笑いを浮かべていたから。
あの下品な顔は、どう見ても、『姫の救出を託された、栄誉ある騎士の顔』なんかじゃなかった。
これから人を切り刻めるという喜びに、心を浮き立たせている、下卑た獣の顔だった。
……マズイ。
逃げなきゃ――!
回れ右して、ドアノブへと手を伸ばす。
とたん、『逃がすかッ!』と後ろから肩をつかまれ、強く引っ張られて――あっと言う間に、私ははがい締めされてしまった。
手足をバタつかせ、男の腕から逃れようと、必死にもがいたけど、
「大人しくしろッ!」
喉元に剣を突き付けられ、私はヒヤッとして息をのんだ。
「……そうだ。そのまま大人しくしてろ。じっとしててくれりゃ、すぐには殺さねえよ」
――すぐじゃなくても、結局は殺すんじゃない――!!
心でツッコみながら、私は悔しさに唇を噛んだ。
「おいっ! 姫は俺に任せて、おまえらは、あの男とその妹を始末して来い!……男には複数で斬りかかれよ? 相当な腕前だそうだからな」
「ああ? その噂、本当なのかよ? 三度も失敗してるんだろ?」
「……まあ、それだけしくじってりゃ、疑いたくもなるがな。噂だとしても、用心に越したこたぁねえさ」
「へいへい。用心ね……。そんじゃまあ、ちょっくら片付けて来っか」
四人の男が中に消え、その場には、私に剣を突き付けてる男と、もう一人だけが残った。
イサーク……ニーナちゃん!
お願い、どうか無事でいて……!!
二人の無事を祈りながらも。
チンピラみたいな男達に呆気なく捕まり、成り行きを見守ることしか出来なくなっている自分に、どうしようもなく腹が立った。
いくらイサークの腕が立つからって、狭い家の中で、四人を相手にするなんて……どう考えたって不利だ。
それに、もし……ニーナちゃんまで捕まっちゃったとしたら、イサークは、一切手を出せなくなっちゃう!
それだけは――なんとしても、そんな事態だけは避けられますように!
一心に祈っている時、つい、顎を引いてしまった。
その拍子に、剣先がほんの少し触れ、冷たさにビクッとなって、慌てて顔をあげる。
「おいっ、動くなって言ってんだろ! そんなに傷付けられてえのか?」
首元で剣の切っ先をゆらゆら揺らしながら、さも愉快そうに男は笑う。
「傷付けられてえ、ってんなら、叶えてやらねえこともねえが。……そうだな。隣国の姫なんて、この機会を逃したら、一生お目に掛かれねえだろうしな。ちょっくら、楽しませてもらうってのも悪かないか」
ゾッとする言葉を吐いて、男はネグリジェの襟元のボタンに、剣先を押し当てた。
「おいおい。そんな悠長なこと、してる場合じゃねえだろ?」
もう一人の男が、注意するような言葉を掛けたけど。
顔はニヤニヤしたままで……どうやら、本気で止める気はないらしい。
「そう言うなよ。おまえだって、興味はあんだろ?」
「そりゃまあ、な……」
二人の男のやりとりに、私は血の気の引く思いがした。
それでも、決して怯えた態度は見せちゃいけないと、キツく唇を噛む。
怯えれば、こいつらは図に乗るに決まってる。
だから、意地でも弱気になっちゃいけない!
男達に気付かれぬよう、ゆっくりと息を整えると、私はキッと、前にいる方の男をにらみつけた。(もうひとりの男もにらんでやりたいけど、後ろからはがい締めされてるから、不可能だし……)
「あなた達、こんなことして、タダで済むと思ってるのッ!? 私に何かあったら、お父様が黙っちゃいないわよ! 国際問題にだってなっちゃうんだからっ。――せっ、戦争にだって、なりかねないんだからねッ!?」
「――ハン。べっつに、この国がどうなろうが知ったこっちゃねえさ。この仕事が済んだら、大金が手に入る。そうすりゃ、さっさと国外に逃れて、こんな国とはオサラバだ。その後で、ここが戦争になろうがなかろうが、オレ達ゃ全く気にしねえよ」
「な――っ!」
……なんて人達だろう。
自分達が犯した罪で、この国が大変なことになるかも知れないって言ってるのに。
ほんの少しも、良心が傷まないなんて!
あまりにも頭に来て、私の体はワナワナと震え始めた。
それが恐怖から来る震えだと、男達は勝手に勘違いしたらしい。二人でいやらしく笑い合い、再び剣先を首元に当てた。
「ひでえ目に遭いたくなかったら、じっとしてろよ?――おい、さっさと服を脱がしちまえ」
もう一人の男への、信じられない指示に――私の心は、たちまち恐怖で塗り潰される。
こんな人達にどうにかされるくらいなら、いっそ舌を噛んで……。
とっさに、最悪な選択まで脳裏をよぎり、私は大きく首を横に振った。
「よし、任せろ」
そう言って、男の手が私の胸元へ伸びて来る。
「や――っ! ヤダッ、やめてッ!! 触らないでッ!!」
どんなに騒いだって、止めてくれるワケがない。
わかっていたけど、それでも、叫ばずにいられなかった。
「嫌ぁあああッ!! 誰か――っ、誰か助けてぇえええええーーーーーッ!!」
絶叫が辺りに響き渡り……一瞬にして、森の中へと吸い込まれた。