第11話 現れたのは
男は一瞬、驚いたように目を見張った。
前髪を掻き上げ、その手を頭上に持って行って、軽くクシャクシャっと掻くと、呆れたように微笑む。
「つくづく変なヤツだよな、あんた。あれだけあんたらをつけ狙って、殺そうとした男に……『自分の国に来い』、かよ?」
「そーよ。――でも、誤解しないで。あなたの罪を許したワケじゃない。あなたには、後でちゃーんと償ってもらうんだから。……それに、私が元いた世か――じゃない。私の国には、『罪を憎んで人を憎まず』って言葉があってね。あなたさえ、罪を認めて、反省して……これからも、ちゃんと償ってく気があるんなら、それでいいんじゃないかなって思って。その姿勢さえ貫いてくれるなら、あなたの罪を、必要以上に追及する気はないよ」
「罪を憎んで……人を、憎まず?……ハッ。ずいぶんお優しいお言葉だな。世間知らずのあんたらしいっちゃあ、あんたらしいが」
冷やかすみたいな言い方だけど、トゲトゲしさは感じられない。
私はホッとしながら、彼に答えを求めた。
「それで? 私の国に来てくれる気はあるの? それともないの?」
男はしばらくの間、私の本意を見極めようとするかのように、探るような目つきで、私をじっと見つめていた。
やがて、小さなため息をつき、
「わかった。あんたの国に行ってやるよ。そこでちゃんと、俺が仕出かしたことに対する、罰を受ける」
自分の口から罪を認め、償うことを約束してくれた。
私はすっかり満足し、男に向かって片手を差し出す。
「……なんだ、この手は?」
「握手だよ! 仲直りの握手。ここから先は、敵じゃなく、味方になってくれるんでしょ?」
「…………」
男は、ためらいながらも手を差し出す。
私は素早くその手を取って、再びギュッと握り締めた。
「よろしくね! えー……っと……。ごめん。あなたの名前、なんだっけ?」
「……イサークだ。イサーク・ガルバン」
「そっか、イサーク。――じゃあ、改めてよろしく、イサーク!」
私はにっこり笑って、握り締めた手をブンブンと上下に振った。
イサークはふいっと目をそらせると、
「もういいだろ。手ぇ離せ」
ぶっきらぼうにつぶやき、私の手を振り解いた。
「うん。じゃあ早速、外に出て、あの人達に伝えて来るね。あなたの身柄は、私が預かることになったって。それで一応、このことは解決するでしょ」
「解決、ね……。そううまく行けばいいがな。第一、あんたの恋人が許さねえ――って話じゃなかったか?」
「う――っ。そ、それは……。でもっ、ちゃ、ちゃんと説得してみせるからっ」
「……ま、期待せずに待ってるよ」
イサークは、私から目をそらせたまま窓辺から離れ、部屋のドアへと近付いた。
ドアを開け、外に出るよう顎先で促す。
私は、なるべく音を立てないようにしながら外へ出て、下へと続く階段を見つけ、目を丸くした。
……ここ、二階だったんだ?
そっか。
そー言えばあの部屋の天井、なんだか中心の方が高くなってたっけ。
屋根裏部屋――ってゆーところだったのかも知れない。
「どうした? 早く下に行けよ」
ボーっと考えてたら、イサークに訝しがられてしまった。
私は慌ててうなずくと、そろそろと階段を下りた。
「俺はニーナの様子を見て来る。おまえは、一足先にあいつらのところに行って、話をつけておいてくれ」
下に着いたとたん、そう言われ、
「うん、わかった。ギルが来てれば話は早いんだけど……来てなかったら、ちょっとややこしいかも。……でもまあ、なんとか、わかってもらえるように頑張るよ」
ちょっと不安ではあったけど、なんとかなるだろうと気楽に請け負って、私は玄関らしいドアへと向かった。
ドアの前に立ち、ひとつ深呼吸してから、えいやっと開けて外に出る。
瞬間、木々の間の暗闇で、何者かがうごめく気配がした。
私はほんの少しだけ怯んだけど、気力を奮い立たせて、暗闇に向かって大声で呼び掛けた。
「ギルっ、そこにいるの!?――いるなら出て来てっ? 大切な話があるのっ!!」
返事を待ったけど、何の反応もない。
それでも確実に、暗闇には数人ほど、何者かが潜んでいる。鈍い私でもわかるくらい、人の気配が辺りに漂っていた。
……やっぱり、ギルは来てないのかな?
フレディのケガの治癒に掛かりきりで、自分が出向いて来る余裕がないのかも……。
そう思った私は、再び声を張り上げて訊ねる。
「ねえっ、そこに隠れてる人達っ! あなた達はギルに――ギルフォード王子に言われて、私を助けに来てくれた人達じゃないのっ!?……そうなんだったら出て来てっ? あなた達に、伝えなきゃいけないことがあるのっ!」
それからまた、彼らの返事を少しの間待ったけど、いっこうに反応がない。
そこでようやく、私は何かおかしいと感じ始めた。
ギルに指示されて、私を助けに来てくれた騎士さんとかだったら……私の問い掛けに、何の反応も示さないってのは、変じゃないかな?
私を見つけたら、まず真っ先に、保護しようとするだろうし……って、あ――。
もしかしたら、人質のはずの私が、一人でのこのこ出て来たから、戸惑ってるのかな?
……罠じゃないかって、警戒してるのかも。
そんなことを考え始めた時。
暗闇から――うっそうと茂る木々の間から、数人の人影が現れ、こちらに向かい、ゆっくりと歩いて来た。




