第10話 追手登場?
ポカンと口を開けたまま、男はしばらく固まっていた。
私はギュウゥっと手を握り、からかってなんかいないということを、熱意を、その手を通して伝え続ける。
「ザックスに、って……。あんた、正気か? 俺はあんたを殺そうとしたんだぞ? あんたの大事な恋人だって護衛だって殺そうとしたし、第二王子だって――」
「フレディは大丈夫! 絶対生きてる! だから、あなたは人殺しじゃない! きっとやり直せるよ!」
「生きてるだと?……なんであんたに、そんなことがわかるんだよ?」
「わかるものはわかるんだから、しょーがないじゃない!……うん。まず間違いなく、フレディは生きてる。心配しなくて大丈夫。あなたはこの先、真面目に生きてくことだけを考えてくれれば――!」
男はワケがわからないというような顔で、私を凝視している。
まあ、無理もないけど。
この人は、ギルの治癒能力のこと、全然知らないんだから……。
でも、絶対大丈夫。
ギルは、フレディを見殺しになんてしない。
……信じてるよ、ギル。
あなたは、そんなひどいことが出来る人じゃないもの。
私が男の手を握り締め、自分の考えを伝えてから――どのくらい時が経っただろう。
呆然としたままだった男の顔が、突如、鋭く引き締まった。
「――チッ! もうバレたか……?」
男は視線を横に向けてつぶやくと、私の手を引き離した。
そうっと窓辺に近寄り、カーテンの隙間から表の様子を窺う。
「案の定、か……。だが、どうしてここがわかったんだ? 城からは、前と同じ――手引きされた抜け道から脱出したはずだぞ。……まさか、依頼主の裏切りか!?」
「……なに? 外に誰かいるの?」
私の問いに振り返ると、男は口の端を上げ、
「あんたのお迎えがご到着のようだぜ。周りをすっかり囲まれてる。こりゃあ、今から逃げようったって無駄だろうな」
肩をすくめ、諦め口調で返した。
「お迎え……? じゃあ、ギルが?」
「さあな。王子がいるかどうかまではわからんが、物陰に潜んでるヤツらが数人――ざっと見たとこ、五人か六人ってところか。俺一人なら、なんとか逃げ切れる数だが……あんたとニーナを守りながらって考えると、まず不可能だろ」
「――え? 私も守ってくれるの?」
意外に思って訊ねると、男はサッと顔を赤くして、
「ば…ッ!――お、おまえは人質だからに決まってんだろ!? おまえを側に置いとかなけりゃ、それこそ、一気に襲い掛かられて終わりだろーが!――それだけだっ、妙な誤解すんな!」
「……あ……ああ……そっか」
考えてみれば、単純なことだった。
そーだよね。
私、人質として、連れて来られただけなんだよね。
「アハハっ。ごめんごめん。なんか、勘違いしちゃってた」
慌てて笑ってごまかすと、男はふいっと顔をそらせて、
「どうでもいい、んなこたぁ……」
ボソっとつぶやき、再び窓の外を窺う。
「それよか、どうにかして、ニーナだけでも助けねえと。……クソっ! どうすりゃいいんだ――!?」
「そんなの、簡単なことじゃない。私を解放してくれれば、ギルは――あなたはともかく、ニーナちゃんは助けてくれるよ。ギル、フェミニストだもん」
「――は? ふぇみにすと?……って、なんだそりゃあ?」
「ん~……。日本――っと、違った。私の(元いた)国的には、女性を大切にする人……って意味かな? だから、ニーナちゃんは大丈夫だよ。あなたはきっと……え~…っと……たぶん、許してくれない……と思うけど……」
「……だろうな。あんたにベタ惚れって感じだったしな、あの王子」
う…っ。
面と向かって言われると、なんだか恥ずかしい……。
「この際、俺のことはどうだっていいんだ。この国の第一王子を殺るって決めた時から、いつかはこうなるって、覚悟してたからな。……だが、ニーナは別だ。あいつを巻き込むつもりはなかった」
男はそこで言葉を切ると、私を振り返り、真剣な顔で見つめた。
「あんたがさっき言ってたこと……信じていいか? 俺のことは捨て置いてくれて構わねえ。だが、ニーナのことだけ――あんたに後を頼んでいいか?……散々ひどい目に遭わせておいて、言えた義理じゃねえってのを承知の上で、言わせてもらうが――」
改まった口調で、男は深々と頭を下げ、
「頼む! 俺が死んだら、ニーナの後ろ盾になってやってくれ!――贅沢なことは言わねえ! 下働きでも雑用でもなんでもいい。あいつを、あんたの国で雇ってやってくれ! この先――ただ生きてくことだけで構わねえから、保障してやって欲しいんだ!……頼む! いや、お願いしますッ!!」
それだけは伝えたいというように、必死に訴えて来る。
私は彼の顔をじっと見返してから、静かに首を横に振った。
「――っ! そんな…っ! 頼む! ニーナだけは――っ」
「違うってば! 断ったんじゃなくて!」
「……え?」
怪訝顔の男を前に、私はニッコリ笑って、ハッキリキッパリ言い切った。
「ニーナちゃんだけなんて、そんなの絶対ダメ! あなたも一緒に助からなきゃ、意味ないじゃない! あんなにお兄さんのことが大好きなニーナちゃんを、悲しませたくなんてないもの。……だから、ニーナちゃんもあなたも、両方助ける! ギルがなんて言ったって、二人を守ってみせるから。だから……ねっ? 兄妹揃って、私の国に来てっ?」