第9話 忘却の安否確認
どうにかこうにか食事を終え、ウォルフさんはテーブルの上を片付けると、ワゴンを押して出て行った。
私に『後ほどまた、菓子などをお持ち致します』と言い添えて。
なんとウォルフさんは、お菓子作りも出来ちゃうらしい。たまにだけど、キッチンを借りて作ることもあるから、怪しまれずに済むだろうってことだった。
すごいなぁ……。正に万能執事、って感じだよねぇ。
うちのセバスチャンとは大違――……。
ん?……あれ?
私……何か、大切なこと忘れてる……?
「……ああっ、そーだ! セバスチャンっ!!」
突然大声を上げた私に、ギルは驚いたように目を見張った。
「ど、どうしたんだい? セバスがなんだって――?」
「セバスチャン! セバスチャンのこと忘れてた!……私、なんだかワケのわからないうちにこっちに来ちゃったから、今どこにいるのか――ちゃんとあの後、無事に城に戻れたかどーかわからないの。ギル、お願い! ザックスに手紙か何か出して、無事でいるかどーか確認してくれないかな?」
あーもーっ、私のバカッ!!
もっと早くお願いするつもりだったのに……なにのんきに、夕食なんかごちそうになっちゃってんのよ!?
今頃、セバスチャンがどーなっちゃってるかもわからないのに……。
ううんっ、きっと無事だとは思うけど――無事でいるに決まってるけどっ!
でも、やっぱり……ちゃんと確認出来ないと不安だし……。
「セバスの安否確認を?……それはもちろん、構わないが……。そう言えば、まだ詳しい事情を聞かせてもらっていなかったね。君達は何故、急に襲われたりしたんだい?」
「何故襲われたか、って……そんなの、こっちが知りたいくらいだよ。命を狙われるようなこと、した覚えないし……。でも、シリルにあんなひどいことしたヤツは、『これは仕事だ』って言ってた。『俺は、受けた仕事は確実にこなす』って。それってやっぱり、誰かに依頼されたってことだよね? いったい、誰がそんなこと……。私が死んで、得する人なんているのかな?」
「依頼された?……リアが死ぬことにより、得する……人間……」
真剣な顔でつぶやくと、ギルは片手を口元に当て、考え込むように、テーブルの一点をじっと見つめた。
「――あ。それとも……襲ってきた人達は、他の国の人みたいだったから、私個人じゃなくて……え~っと……ザックスに、何らかの恨みがあるとか、そーゆーことも考えられるのかな?」
「他の国? それは確かかい?」
「え? う、うん。――あ、ううんっ。たぶん、だけど……」
「他の国……。リアを殺そうとする者……。リアが死んで、得をす――」
そこでギルは、ハッとしたように言葉を切った。
「まさか! いくらなんでもそこまで――。いや、しかし……」
急に顔色を変えたギルが気になって、私は慌てて口を挟んだ。
「ねえ。まさかって、どーゆーこと? ギルには、何か思い当たることがあるの?」
「え?……あ、いや――」
ギルは一瞬、『しまった』というような顔をした。私の思い違いかもしれないけど……でも、何か引っ掛かる。
私は席を立ってギルの元へと駆け寄ると、腕をつかんで食い下がった。
「何か知ってるなら、教えてっ? どんな小さなことでもいいの! お願い!」
「リア……」
ギルは困惑した顔つきで私の手に触れると、そっとつかんで、自分の腕から外そうとした。
でも、途中で何らかの違和感を覚えたのか、ふと視線を走らせて、私の指先に目を留めると。
「……これは……?」
「え?……あっ」
そーだ、指輪!
置くところが見つからなくて、はめたままだったんだっけ……。
「あ、あのっ、これは――っ」
慌ててどけようとした手を、強く握られ、彼の胸元へと引き寄せられる。
「ずっと持っていてくれたんだね。ありがとう。……しかし、湯浴みする前には、何もはめていないようだったが――」
「あ……。だから、あの……。えっと……。じ、実は……服の裏地に、この指輪を仕舞うための……ポケット、を……作って……もらって……」
しどろもどろで説明すると、
「では、今までそこに?……リア……」
ギルは私の手をつかんだまま、そっと口元に持って行き、指先に唇を押し当てた。
「ちょ――っ!……ギ、ギル……」
また、この人は……。
どーしてこう、いちいちキ……っ、キスを……。
「……あ、あの……。そろそろ、手を離して……?」
今までと比べたら、かなりキスしてる時間が長いなぁ……なんて思いながら、恐る恐る訊ねると。
ギルはようやく唇を離し……思わずドキッとしてしまうほど、魅惑的に微笑んだ。
その微笑みに、私は説明しがたい戦慄を覚え――。
慌てて側から離れようとしたんだけど、時すでに遅しだった。
ギルは席を立って、私を強引に引き寄せると、痛いくらいに抱き締め――耳元で妖しくささやいた。
「リア……。当分邪魔は入らない。先ほどの続きをしようか……?」