表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
139/225

第9話 交渉

 男と私の主張はどこまで行っても平行線って感じで、いっこうに折り合いがつかなかった。

 私がいくら『こんなことからは手を引いて、真面目に働いて』って言っても、


「真面目に働いて、食ってけるだけの金が稼げるなら苦労しねえ」

「何も知らねえお姫様が、勝手なこと言ってんじゃねえ」


 とかって、一蹴(いっしゅう)されちゃうし……。



「そりゃあ、私はこの世界のこと、まだよく知らないってゆーか、勉強不足なとこはあるけど……。でもっ、真面目に働いても暮らして行けないなんて、おかしいじゃないっ! そんな世界は間違ってるよ!」


「ああ、間違ってるな。けど、それが世界ってもんなんだよ。いくら下のもんが訴えても、嘆いても、誰も聞いちゃくんねえし、助けてもくんねえ! おまえらみてえな貴族様は、貴族様のまま。俺らみてえな貧乏人は、一生貧乏人のまま! それが世の中ってもんなんだよ!」


「おかしいよ! おかしいって思ってるなら、なんとか変えられる方法を考えればいいじゃない! 最初っからそんな風に諦めてたら、変えられるものも変えられないまま、一生が終わっちゃうよ?」


 男はチッと舌打ちして、呆れた口調で反論する。


「これだから、世間知らずのお姫様ってヤツぁ……。変えるったって、どうやって変えるんだ? 生まれた時からの身分は、一生変えらんねえ。特別抜きん出た能力があるってんなら、国に召し抱えてもらって、一生食うに困らねえ生活が出来るそうだが、そんなヤツぁ、ほんの一握りしかいねえ。騎士になるんだって、中流以上の家に生まれたヤツじゃなけりゃあ、見習いになる試験すら、受けさせてもらえねえと来てる。成り上がる可能性を与えられてるヤツなんざ、国宝級の能力者か、そこそこの家柄の出のヤツか、どっちかに限られてんだ。そんな世の中で、どうやって最下層のヤツらの暮らしを、変えられるってんだよ?」


「えっ? 騎士になるのって、家柄とか関係あるの? 才能があれば、誰でもなれる……ってワケじゃないんだ?」

「なれねえよ! どんなに能力があろうが、どんなに腕磨こうが、中流以下のヤツは、一生騎士様になんざなれねえんだよ! 姫様ってのは、そんな簡単なことすら知んねえのか?」


 呆れるを通り越し、怒りの感情が湧いて来てしまったらしい。男は鋭い眼光で私をにらみつけた。


「それは……。ごめんなさい。知らなかった」



 自分の勉強不足が、恥ずかしかった。

 呆れられて――ううん、怒られて当たり前だと思った。



 ……そうよ。

 カイルにも、何度も言われたのに。『身分の差は絶対』だって……。


 なのに、そんな想像すら出来てなかったなんて……私って、ホントにバカだ。


 この世界は、 徹底して身分社会なんだ。

 この人達が、どんなに身を粉にして働いたって、頑張ったって……具のほとんど入ってない、スープ中心の食事。それを維持して行くのがやっと。……そんな生活しか出来ないんだ。



 こんなの、絶対おかしいのに。

 頑張ってる人達が幸せになれない――普通にすら暮らせない世界なんて、絶対に間違ってるのに。


 苦しんでる人達を前にしても、私は何も出来ないなんて……。


 男の言った通りだ。

 私はなんて無力なんだろう。



 恥ずかしくて、顔が上げられなかった。

 助けたいのに助けられない。――そんな自分が情けなくて、悔しくて……泣けて来そうだった。



「おい。勝手に騒いで、勝手に落ち込んでんじゃねえ。――迷惑なんだよ」


 不機嫌そうに言い放たれ、よけいに、うつむくことしか出来なくなる。


「ご……ごめんなさい……」


「あーーーっ! だから、それが迷惑だっつってんだろうがッ! 上流階級の天上人が、どんな生活してるかなんざ、俺には全く想像もつかねえけどよ。あんたはそうやって、余計なことは知らなくていいってんで、育てられたんだろ? だったら、あんたに罪はねえよ。教えようとしなかった、周りのヤツらが(わり)ぃんだ」


「……えっ?」


 予想外の言葉に、私はびっくりして顔を上げた。

 瞬間、男はビクッとして、僅かに顔を赤らめ、気まずそうにそっぽを向く。



 今の……慰めてくれたんだよ……ね?


 ……まさか、この人が……こんな風に、優しいこと言ってくれるなんて……。



「な、なんだよ!? 妙な顔で見んじゃねえよッ!!」


 男はチラッと、私の顔を盗み見て。

 私がじーっと見つめてるのに気付くと、更に顔を真っ赤にした。



 ……やっぱり、この人は――根っからの悪人じゃない。

 妹と二人、もうちょっと楽な生活がしたくて……ううん、この人の場合、たぶん、自分のことなんて考えてない。妹に、もうちょっとマシな生活をさせてあげたい一心で、悪の道に、片足を突っ込んじゃったんだ。


 ……きっとそう。

 確かめたワケじゃないけど、そういうことに違いないって、何故か確信出来る。



「……ねえ。あなた、今まで……何人の人を殺して来たの?」


 唐突な質問だったけど、それがどうしても知りたかった。


「な、何人って……」

「そんなこと、誰にも教えたくないだろうけど……。お願い。教えて」


 私は彼の服の袖を少しだけつまみ、まっすぐに男を見つめる。

 男はギョッとしたように、手を引っ込めようとしたけど、私が真剣なのを感じ取ったのか、少しの間を置いた後、正直に答えてくれた。


「まだ、誰も殺してねえよ。……いや、違うな。あんたの護衛のガキは、今どうなってんのか知んねえし。あんたの大事な男にも、その弟にも――俺は、確実に致命傷を与えたはずだ。第一王子が生きてたってのが、未だに信じらんねえが……。だが、今度こそ手応えがあった。第二王子は死んでるはずだ。だから……護衛のガキが生きてっとすんなら、ようやく一人、だな……」

「……一人……」



 じゃあ……シリルは生きてるんだし、フレディさえ無事なら、この人はまだ、誰も殺してないってことになる。

 だったら……だったらまだ間に合う――!



「もうやめよう? フレディは、きっと生きてる。だからまだ、あなたは人を殺してない! きっとやり直せるよ! あなたがちゃんとやり直せるように、私、支援するから!」


 男の手を取り、両手でギュッと握り締めて訴える。

 男は目を見開き、呆然と私を見つめてたけど、すぐにハッとして、怪訝顔で私を見返した。


「はあ!? なに言ってんだ、あんた? 支援するだあ?」

「うん! あなたさえよかったら、私の国に来てほしいの。この国のことはわからないけど、私の国なら、力になれることあると思うし!……ううん、絶対力になる! 約束する! だから――だからお願いっ。ニーナちゃんと一緒に、ザックス王国に来て!?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ