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赤と黒の輪舞曲~【桜咲く国の姫君】続編・ギルフォードルート~  作者: 咲来青
第12章 連れ去られた姫君

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第7話 妹の鉄拳制裁

「嫌ぁあああッ!!」

「兄さん。もうスープは――」


 私が悲鳴を上げるのと、ドアを開け、ニーナちゃんが部屋に入って来るのが、ほぼ同時だった。


 一拍の間を置いて。


「兄さぁあああんッ!? なにやってるのよっ、この恥知らずぅううううッ!!」


 ニーナちゃんは、脇に立て掛けてあったホウキを素早くつかむと、剣道の素振りよろしく、上段に構えてから、男めがけて思い切り振り下ろした。


「ちょ――っ! ま、待てっ、ニーナ! 落ち着けっ!……こ、これには、いろいろと事情ってもんが――っ!」

「なにが事情よッ! その人、悲鳴上げてたじゃないッ!……いくら美人だからって、女の人にいきなり襲い掛かるなんて……このケダモノっ!! いつから兄さんは、そんな最低な人間になっちゃったのよぉッ!?」


 男の頭をホウキで何度も打ち付け、ニーナちゃんは、真っ赤な顔で睨み付けている。

 何度目かの殴打をかわし、ベッドから転がるように床に逃れると、


「だから、話を聞けって!……お、俺はただ、こいつをからかってやろうと思っただけなんだ! 本気で襲おうと思ったワケじゃ――っ」


 男は両手を前に出し、必死に弁解している。


「からかうですって!? よくもそんなひどいこと――っ! か弱い女性を怖がらせておいて、からかうだなんて……っ! やっぱり、兄さんは最低よッ!! この女の敵ッ!! 色情狂ッ!! 変態ッ!! 好色漢ッ!! ハレンチ男ぉおおおーーーーーッ!!」


 ニーナちゃんはひたすら男を(ののし)り、一切容赦(ようしゃ)することなく、ホウキでバシバシとたたき続ける。


「な…っ!? ニーナおまえっ、どこでそんな言葉覚え――っ、(いて)ッ! イテテっ!……よせっ! やめろっ! だから落ち着けってっ!」

「うるさいうるさいッ、兄さんのバカバカバカッ!! こんなひどいことするなんてっ、もうっ、ガッカリよッ! 見損なったわっ! 兄さんのバカバカバカバカぁッ!!」


 聞く耳持たず、といった感じで。

 涙目になりながら、いつまでも男を打ち続けるニーナちゃんを、私は呆然と見つめていた。



 すごい……ニーナちゃん……。

 あんなに細くて小さい体で、大男を打ち据えるなんて……。


 見かけによらず、戦闘能力高いのかな?


 ……まあ、あの男も、小学生くらいの妹相手に、本気で反撃する気なんてないんだろうとは思うけど。

 それにしても、一方的にやられすぎてるしなぁ……。



 ああ、でも……もしかしてこれが、『ギャップ萌え』ってヤツなのかしら?

 か弱そうに見えた少女が、自分よりかなり大きな男を、一方的に傷め付けてる図……って、なんてゆーか……。


 くぅぅっ! なんてゆーかぁああっ!



 素敵だわ、ニーナちゃん。

 ますます気に入っちゃった。



 惚れ惚れと眺めつつ、私はほぅっとため息をついた。



 ……それにしても。

 ニーナちゃんの怒りは、なかなか治まる様子がない。

 男はひたすら両手で頭をかばい、ニーナちゃんに『サイテー! サイテーっ!』と罵られ続けながら、一方的に打ち据えられていた。


 そんな情けない様子を見ていたら、さすがに、だんだん気の毒に思えて来て……。


「あ……あのぉ~……。もう、そのくらいにしてあげたら……? 反省は、してるんじゃないかと思うし……」


 気が付いたら、男を擁護(ようご)するような発言をしてしまっていた。

 ニーナちゃんはピタリと動きを止め、クルリとこちらを振り返ると、


「でも――っ! 兄さんは、あんなひどいことしたんですよっ? それでもあなたは、許せるって言うんですかっ?」


 まるで、自分が傷付けられたかのような顔をして、じっと私を見つめる。


「え~…っとぉ……。ひどいことされたってゆーか、されそうになったってゆーか……。とっ、とにかく、まあ……未遂(みすい)だったんだから、もう……そのくらいで……」



 ……なんで私、暗殺者なんて最低な男を、かばうようなこと言っちゃってるんだろ?

 大事な人を三人も傷付けられて……むしろ、憎んで当たり前の男なのに……。



 すごく理不尽だと思いながらも、取り成すようにへららと笑う。


「……あなたが、それでいいって言うなら……」


 ニーナちゃんはボソッとつぶやいて、ゆるゆるとホウキを下ろした。

 それから、男をキッと睨み付け、キッパリと言い放つ。


「兄さん、この人にちゃんと謝って! でなきゃ、この人が許してくれたとしても、わたしは絶対許さないからっ!」


 男は床に転がったまま、しばらくじっとしていたけれど。

 ふいに、大きなため息をつき、


「……わかった。謝ればいいんだろ、謝れば」


 独り言のようにつぶやいた後、打たれたところをさすりながら、ヨロヨロと立ち上がった。

 私の前に立ち、頭を掻いてそっぽを向くと、


「悪かったな。……べつに、本気であんたを襲おうとか、思ってた訳じゃねえんだ。あんたが、あんまり生意気なこと言いやがるもんだから、つい、カッとなっちまって……。ちっとばかし、怖がらせてやろうと思っただけだ」


 渋々といった風に、謝罪らしき言葉を口にする。


「もうっ、兄さんったら! なんなの、そのふて腐れた態度は? 全然心がこもってないじゃない! もっとちゃんと、誠心誠意謝ってよ!」



 ……うん。

 確かに、そっぽ向いて謝られても……って、感じではあるけど。



「せ……誠心誠意ぃ?」


 男は困惑したように妹を見つめてから、またガガガっと片手で頭を掻き、


「あーーーッ!……ったく。めんどくせえなぁ!」


 本当に面倒そうに、大声で吐き出すと。


「本当に申し訳ございませんでしたっ! 二度とこんな真似は致しませんので、どうかお許しくださいませっ!」


 ハキハキした口調で謝罪し、私に向かって、ほぼ直角に頭を下げた。

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