第7話 妹の鉄拳制裁
「嫌ぁあああッ!!」
「兄さん。もうスープは――」
私が悲鳴を上げるのと、ドアを開け、ニーナちゃんが部屋に入って来るのが、ほぼ同時だった。
一拍の間を置いて。
「兄さぁあああんッ!? なにやってるのよっ、この恥知らずぅううううッ!!」
ニーナちゃんは、脇に立て掛けてあったホウキを素早くつかむと、剣道の素振りよろしく、上段に構えてから、男めがけて思い切り振り下ろした。
「ちょ――っ! ま、待てっ、ニーナ! 落ち着けっ!……こ、これには、いろいろと事情ってもんが――っ!」
「なにが事情よッ! その人、悲鳴上げてたじゃないッ!……いくら美人だからって、女の人にいきなり襲い掛かるなんて……このケダモノっ!! いつから兄さんは、そんな最低な人間になっちゃったのよぉッ!?」
男の頭をホウキで何度も打ち付け、ニーナちゃんは、真っ赤な顔で睨み付けている。
何度目かの殴打をかわし、ベッドから転がるように床に逃れると、
「だから、話を聞けって!……お、俺はただ、こいつをからかってやろうと思っただけなんだ! 本気で襲おうと思ったワケじゃ――っ」
男は両手を前に出し、必死に弁解している。
「からかうですって!? よくもそんなひどいこと――っ! か弱い女性を怖がらせておいて、からかうだなんて……っ! やっぱり、兄さんは最低よッ!! この女の敵ッ!! 色情狂ッ!! 変態ッ!! 好色漢ッ!! ハレンチ男ぉおおおーーーーーッ!!」
ニーナちゃんはひたすら男を罵り、一切容赦することなく、ホウキでバシバシとたたき続ける。
「な…っ!? ニーナおまえっ、どこでそんな言葉覚え――っ、痛ッ! イテテっ!……よせっ! やめろっ! だから落ち着けってっ!」
「うるさいうるさいッ、兄さんのバカバカバカッ!! こんなひどいことするなんてっ、もうっ、ガッカリよッ! 見損なったわっ! 兄さんのバカバカバカバカぁッ!!」
聞く耳持たず、といった感じで。
涙目になりながら、いつまでも男を打ち続けるニーナちゃんを、私は呆然と見つめていた。
すごい……ニーナちゃん……。
あんなに細くて小さい体で、大男を打ち据えるなんて……。
見かけによらず、戦闘能力高いのかな?
……まあ、あの男も、小学生くらいの妹相手に、本気で反撃する気なんてないんだろうとは思うけど。
それにしても、一方的にやられすぎてるしなぁ……。
ああ、でも……もしかしてこれが、『ギャップ萌え』ってヤツなのかしら?
か弱そうに見えた少女が、自分よりかなり大きな男を、一方的に傷め付けてる図……って、なんてゆーか……。
くぅぅっ! なんてゆーかぁああっ!
素敵だわ、ニーナちゃん。
ますます気に入っちゃった。
惚れ惚れと眺めつつ、私はほぅっとため息をついた。
……それにしても。
ニーナちゃんの怒りは、なかなか治まる様子がない。
男はひたすら両手で頭をかばい、ニーナちゃんに『サイテー! サイテーっ!』と罵られ続けながら、一方的に打ち据えられていた。
そんな情けない様子を見ていたら、さすがに、だんだん気の毒に思えて来て……。
「あ……あのぉ~……。もう、そのくらいにしてあげたら……? 反省は、してるんじゃないかと思うし……」
気が付いたら、男を擁護するような発言をしてしまっていた。
ニーナちゃんはピタリと動きを止め、クルリとこちらを振り返ると、
「でも――っ! 兄さんは、あんなひどいことしたんですよっ? それでもあなたは、許せるって言うんですかっ?」
まるで、自分が傷付けられたかのような顔をして、じっと私を見つめる。
「え~…っとぉ……。ひどいことされたってゆーか、されそうになったってゆーか……。とっ、とにかく、まあ……未遂だったんだから、もう……そのくらいで……」
……なんで私、暗殺者なんて最低な男を、かばうようなこと言っちゃってるんだろ?
大事な人を三人も傷付けられて……むしろ、憎んで当たり前の男なのに……。
すごく理不尽だと思いながらも、取り成すようにへららと笑う。
「……あなたが、それでいいって言うなら……」
ニーナちゃんはボソッとつぶやいて、ゆるゆるとホウキを下ろした。
それから、男をキッと睨み付け、キッパリと言い放つ。
「兄さん、この人にちゃんと謝って! でなきゃ、この人が許してくれたとしても、わたしは絶対許さないからっ!」
男は床に転がったまま、しばらくじっとしていたけれど。
ふいに、大きなため息をつき、
「……わかった。謝ればいいんだろ、謝れば」
独り言のようにつぶやいた後、打たれたところをさすりながら、ヨロヨロと立ち上がった。
私の前に立ち、頭を掻いてそっぽを向くと、
「悪かったな。……べつに、本気であんたを襲おうとか、思ってた訳じゃねえんだ。あんたが、あんまり生意気なこと言いやがるもんだから、つい、カッとなっちまって……。ちっとばかし、怖がらせてやろうと思っただけだ」
渋々といった風に、謝罪らしき言葉を口にする。
「もうっ、兄さんったら! なんなの、そのふて腐れた態度は? 全然心がこもってないじゃない! もっとちゃんと、誠心誠意謝ってよ!」
……うん。
確かに、そっぽ向いて謝られても……って、感じではあるけど。
「せ……誠心誠意ぃ?」
男は困惑したように妹を見つめてから、またガガガっと片手で頭を掻き、
「あーーーッ!……ったく。めんどくせえなぁ!」
本当に面倒そうに、大声で吐き出すと。
「本当に申し訳ございませんでしたっ! 二度とこんな真似は致しませんので、どうかお許しくださいませっ!」
ハキハキした口調で謝罪し、私に向かって、ほぼ直角に頭を下げた。




