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赤と黒の輪舞曲~【桜咲く国の姫君】続編・ギルフォードルート~  作者: 咲来青
第12章 連れ去られた姫君

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第6話 のんきな姫君

「ちょ――っ!……だ……だいじょーぶ?」


 身を乗り出して声を掛けると、男は顔をしかめて立ち上がり、お尻をはたいた。

 無言で椅子に座り直し、照れくさそうにそっぽを向く。


 その様子が、なんだかすごく意外だったし、妙に可愛く思えて……。

 敵だとわかっていながら、私は思わず吹き出してしまった。


「な――っ! てめえ、なに笑ってんだよッ!? バカにしてんのか!?……おいっ! 笑ってんじゃねーってッ!!」


 男は顔を真っ赤に染め、ふるふると拳を握り締めている。


 でも、今更そんな顔して怒鳴られても、全然怖く思えなかった。

 私はお腹を抱えながら、けらけらと笑い続けた。


「……ったく。いい気なもんだぜ。自分の身が、明日はどうなるかわかんねえってのによ」


 忌々(いまいま)しげにつぶやかれ、ぴたっと笑いが止まる。


「……明日? 明日はどうなるか……って、どーゆーこと? あなたの依頼主に、明日、私を殺せって言われてるの?」


 どうせ答えてはくれないだろうと思いながら、一応訊ねてみると。

 意外にも、男は拍子抜けするほどあっさりと、質問に答えてくれた。


「まだわからねえ。詳しいことは、明日また……ってことだったしな。今は指図待ちだ」

「……へえ~……。そー……なんだ……」



 指図待ち、かぁ……。

 じゃあ、とりあえず……今日のところは、殺されずに済むってことね。



 ひとまず安心安心――なんてうなずいてたりしたのが、のんきそうに見えたんだろう。男は露骨(ろこつ)に顔をしかめた。


「へえ~じゃねえだろ。おまえ、今の状況わかってんのか? 明日、殺されちまうかも知んねえんだぞ?」

「うん。わかってるよ? 明日、あなたに殺されるかも知れないんでしょ?」

「――っ!」


 当たり前のことを言っただけなのに。

 男は何故か、ハッと目を見開いてから、辛そうに顔を背けた。



 ……あれ?

 なんでこの人、こんな顔……?



 妙に引っ掛かるものを感じて、私は男をまっすぐ見つめる。


「あなた……もしかして、ホントは人なんて殺したくないんじゃない?」


 ハッと息をのみ、男は、自分の顔を隠すようにうつむいた。


「……やっぱり。やっぱりそーなんでしょ? 出来ることなら、人なんて殺したくないんだよね?……そーだよね。だって、あんなに可愛い妹さんがいるんだもん。妹さんに顔向け出来ないようなこと、したくないに決まってるよね?……だったら、どーしてこんなこと引き受けたの? あなた、ここまで見た限りでは、そんなに悪い人には思えなかったし……。ねえ。何か事情があるなら、話してみてくれない? もしかしたら、力になれること、あるかも知れないし。……ねっ、そうして? ニーナちゃんのためにも、あなたは、こんな危険なことしてちゃダメだよ。もっと安全な、別の仕事を見つけて――」


「……うるせえ……」

「――え?」


 男はキッと顔を上げると、凄まじい形相で私を睨み据えた。

 一瞬怯んだ隙に、私の両腕をつかんでベッドに押し倒し、


「世間のことをこれっぽっちも知らねえお姫様が、勝手なこと言ってんじゃねえッ!――なにが『悪い人には思えなかった』だ。なにが『力になれるかも』だッ! てめえらみてえな、苦労ひとつ知らねえ金持ちの貴族様に、俺ら貧乏人の気持ちがわかって堪るかよッ!! バカにすんじゃねえッ!!」


 ギラギラした目で見下ろし、両腕を強い力で締め上げる。


「そ……んな……。私……バカにして、なんか……」


 痛みを堪えながら見上げると、男は徐々に目が据わって来て……。

 急に私の耳元に顔を寄せ、愉快そうにささやいた。


「そう言やあ……あんた、俺が部屋に行く前まで、王子とよろしくやってたんだったよな?……首元に、こんな目立つ痕付けられやがって――。あの王子、嫉妬(ぶけ)ぇ上に、独占欲が(つえ)ぇんだな。普通、ここまで青黒く変色するほどの痕、付けやしねえぜ?」

「ち、違…っ! これはギルが付けたんじゃ――っ」


 とっさに否定してしまい、私はハッとなって、気まずさから目をそらせた。


「王子が付けたんじゃねえのか? じゃあ、誰が……」


 言いかけて、何かに思い至ったらしい。男はニヤリと笑って。


「へえ……第二王子の方か。あんたも、純情そうな顔してやるじゃねえか。王子二人を手玉に取るたあ、恐れ入ったぜ」

「な――っ!……違うっ! そんなんじゃないッ! 私は――っ、ひゃ…っ!?」


 男は、唐突に耳たぶに噛み付いて来て、耳に唇が触れそうなほど近くまで、口を近付けた。


「もう、男二人知ってんだろ?……なら、あと一人くれえ増えたって、大したことねえよな?」


 ゾッとすることをささやかれ、嫌悪感と衝撃に、顔がこわばる。


「な……なに、言って……。急に、バカなこと言わな――」

「バカなことじゃねえ。……俺が、あんたにひどいことした後でも――それでもまだ、『悪い人には思えない』なんざ、ふざけたこと抜かせたんなら、認めてやってもいいぜ? 貴族様でも、俺らみてえな底辺の奴らのこと、考えてくださる立派なお方がいるもんだ、ってな。……ま、どうせ無理だろうが」


 小ばかにしたように言った後、男は、意地悪く口の端を上げる。

 そして、舐めるような視線で見下ろすと、いきなり私の首元に顔を埋めた。

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