第5話 垣間見えた素顔
ど――っ、どどどどーゆーことなのっ?
この男が……暗殺者が、ニーナちゃんのお兄さんっ!?
あんまりビックリして、男を指差しながら、口をパクパクさせていると、
「あの……どうかしたんですか? 兄に何か――?」
きょとんとした顔のニーナちゃんに、じーっと見つめられてしまった。
「えっ?――あ、いやっ、……あのっ」
ど――っ、ど、どどっ、どーしよーーーっ!?
ニーナちゃん、私のことは『道端で倒れてた』って説明受けてるみたいだし……。
たぶん、この男が裏で何してるかってこと、一切知らされてないんだよね?
なのに、
『私、あなたのお兄さんに、大切な人を三人も傷付けられたあげく、無理矢理ここにさらわれて来たの!』
……なんて、言えるワケないしなぁ……。
焦った私は、思わず暗殺者――彼女の兄とかゆー人に目をやった。
すかさず、ものすっごく怖い目つきでにらまれ、ヒヤッとする。
『余計なことを言うな。言ったら殺す!』
そう顔に書いてある気がして、私はゆっくり視線をそらし、ハァ~っとため息をついた。
「ニーナ。ちっとばかし席外してろ。俺はこいつに用があるんだ」
いきなり口を開いた暗殺者は、ニーナちゃんの華奢な肩に手を置いて、部屋から出て行くよう指で示した。
私はギョッとして顔を上げ、毛布を胸の前で握り締めつつ身構える。
な……っ、なにっ?
人払いなんかして、いよいよ私を殺す気っ!?
妹さんが近くにいるのに、そんなことしようとしてるとしたら……。
この男、相当なクズだわっ!
「でも……せっかく、温かいスープで、体を温めてもらおうと思ったのに……」
可愛く口をとがらせて、兄を見上げるニーナちゃんに、
「冷めちまう前に話は終わらせる。だからほら、外に出てろ」
今度は頭に手を置いて、軽くクシャクシャっと撫でながら、男はぶっきらぼうに告げた。
「……は~い……」
ニーナちゃんは渋々うなずいた後、私に向かってぺこりと頭を下げ、退室して行く。
それを黙って見送ると、男はこちらに向き直り、
「ニーナに妙なこと言わなかっただろうな? 言ってたとしたら、本当に殺すぞ」
低い声をいっそう低くして、鋭い眼光でにらみ据えた。
私はムカっとして、
「なっ、なによ! 人のことさらっておいて、偉そうに! あんたなんかに、指図される覚えな――っ」
思いっ切り声を張り上げて文句を言うと、男は素早く私の口を片手でふさぎ、耳元に顔を寄せて、
「大きな声出すんじゃねえ。今度よけいな真似しやがったら、その場で殺す」
心で『ヒ…ッ!』と悲鳴を上げてしまうくらい、ドスを利かせた声で脅した。
「いいな? わかったならうなずけ。うなずかねえなら、口だけじゃなく、鼻もふさいで窒息死させてやる」
――窒息死!?
そんな苦しそうなの、絶対イヤっ!!
どうせ殺されるなら、苦しむ時間が短くて済むような……切腹時の介錯みたいな殺され方をしたい!
そう思った私は、不本意ながらも、素直にこくこくとうなずいた。
「よし。騒いだら殺すからな? 大きな声出すなよ?」
男はそう言いつつ、ゆっくりと私の口元から手を離し、ベッドの前の小さな椅子に、ドカッと腰を下ろした。
男の大きな体と、小さな椅子は、あまりにも不釣り合いで、座り心地がが悪そうだった。
大丈夫かなと、一瞬心配してしまったけど、こんな男の心配をしてやる義理はない。
私はあえて男から目をそらし、早口で告げた。
「こっ、これから私をどーするつもりなのっ? 殺すにしても、あんな可愛い妹さんがいるところではやめてよねっ! せめて、他の場所にしてっ!」
男は不機嫌そうに眉間にしわを寄せ、口をへの字に曲げてから。
「当たりめえだ。ここでなんか殺すかよ」
吐き捨てるように言い放ち、プイッと横を向いた。
「……俺達の居場所を、血なんかで汚して堪るか」
独り言のつもりだったのか、かなり小さな声だったけど。
妹さんと暮らしているこの家には、かなり愛着あるみたいだなと、私は感心してうなずいた。
……まあ、誰だって、自分の家で人殺しなんてしたくないだろうけど。
この男にも、一応、人並の感情はあるんだな――と納得したところで、私は改めて、男の顔を確認した。
……むむ?
落ち着いて見ると、なかなか整った顔立ちをしてる。
ニーナちゃんが、あれだけの美少女なんだもの。お兄さんの顔立ちだって、整ってて当たり前か……。
でも、美形は美形でも、タイプは全然違うみたい。
この人の顔は、浅黒く日焼けした肌といい、ガッシリとした体つきといい……分類するならワイルド系。
『美男子』とか『ハンサム』とか『いい男』ってたとえるよりは、『男前』ってたとえた方が、納得できる気がする。
え~っと……とにかく。
兄の方は『男らしさを前面に押し出したタイプの美形』って印象なんだけど。
ニーナちゃんの方は、雪のように白い肌と言い、骨格からして細そうな、めっちゃ華奢な体格と言い……。
男女差があるとは言え、全くと言っていいほど似ていなかった。
不思議に思い、まじまじと見ていたら、
「なにジロジロ見てんだよ? 気っ色悪ぃな」
男はチッと舌打ちし、再びギロリと睨みつけて来た。
「……あ、ごめんなさい。意外と、整った顔立ちしてるんだな~って、感心しちゃって」
正直に伝えると、
「ば――ッ! なっ、なに――っ、……なに言ってんだおまえ!? おちょくってんのか!?」
男はうろたえたように顔を赤らめ、めいっぱい体を後ろに引いた。
すると。
その拍子にバランスを崩したのか、
「ぅわッ!?」
上ずったような声を上げて、椅子から転げ落ち、ドスン! と大きな音を立てて、床に尻餅をついた。




