第8話 甘えられる関係
ウォルフさんが夕食の配膳をしてくれている間、私もギルも無言のまま、丸テーブルを挟むようにして座っていた。
ど……どーしよう……。
気まずい上に恥ずかしすぎて、顔が上げられない……。
……まさか、いきなりギルがあんなことするなんて……。
しかも、ウォルフさんに見られちゃってたなんて……。
ああ……どーしよう。
どーしようどーしようどーしようどーしよ――。
「リナリア姫様」
「――っ! は、はいっ?」
……う。
声が裏返っちゃった……。
「申し訳ございませんが、二人分ご用意致しますと妙に思われますので、一人分しかお持ちすることが出来ませんでした。いつもより量を多めにするようにと、料理長には伝えたのですが、不足していることには変わりございません。ご満足いただけないと思いますが、後ほど軽食でもお持ち致しますので、どうかそれまでご辛抱ください」
やっぱり表情は読み取れない(見た目が狼と似たような感じだし)けど、ウォルフさんは申し訳なさそうに説明した。
「い、いえっ、そんな! どうかお気遣いなくっ!……です。私が突然、迷い込んで来ちゃったのがいけないんですから。そこまで気を遣っていただいちゃうと、かえって申し訳ないです」
「いいえ。リナリア姫様は、我が君――ギルフォード様の大切なお方です。本来ならば、手厚くおもてなしさせていただくのが、執事たる者の当然の務めなのですが……。私の力不足で、誠に申し訳ございません」
そう言って頭を下げられてしまい、私は焦って、ふるふると首を横に振った。
「と、とんでもないですっ! ウォルフさんは、ちゃんといろいろ、してくださってるじゃないですか!……こんな、急に部屋に現れた人間を、怪しんだり詮索したりすることもなく、親切にお世話してくださって……感謝してます。本当に、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げたら、
「そのような……。おやめください。一国の王女であらせられるお方が、下賤な者に対し、たやすく頭など下げてはなりません。もっと堂々となさっていてください。気高いお姿を、周囲にお示しになられなければ。姫様の行動ひとつが、お国全体の不名誉になり得るやも知れないのですよ?」
まるで、小さな子をたしなめるような言い方で、注意されてしまった。
「あ……。は、はい。……すみません」
とたんに恥ずかしくなり、ひたすら小さくなっていると。
ギルがウォルフさんを睨み付け、イラついた口調で言い返した。
「ウォルフ、出すぎたことを言うな! リアはまだ、こちらの世界に慣れていないんだ。ずっと姫として育てられて来た訳ではないのだから、わからないことが多くて当然だろう?」
「お言葉ではございますが、だからこそ――慣れてはおられないからこそ、出来るだけお早く、王女としてのふるまいや常識などを身に付けられ、この世界に馴染まれる努力を、なさるべきではないのですか?」
「黙れ! それはおまえの関与するところではない! リアの父君、クロヴィス様がお決めになることだ!……それともおまえは、クロヴィス様の教育方針を非難するつもりなのか? 身の程を知れ!」
ドン! と拳でテーブルを叩き、ギルはウォルフさんを、いっそう激しく睨みつける。
ウォルフさんはというと、無言でギルを見返して……しばらくしてから、ゆっくりと頭を下げた。
「申し訳ございません。差し出がましいことを申し上げました。……リナリア姫様。今のことは、どうかお忘れになってください」
「えっ?……あ、ううんっ、そんなっ!……わ、私もあのっ、まだまだ姫っぽい態度とか取れなくて……。言葉遣いとかも全然だし。だから、ウォルフさんの言ってること、すごくわかります! 私、これからもっと頑張りますっ! だから、あの……、かっ、顔上げてくださいっ!」
……もーっ。ウォルフさんにはいろいろお世話になってるし、これからもお世話にならなくちゃいけないんだから、気まずい雰囲気になんかなりたくないのにっ。
私をかばってくれたのは嬉しいけど……ギルってば、なにも、あそこまでキツく言わなくたって……。
そっとギルの様子を窺ったら、まだムスっとした顔で腕を組んでいた。
……あんな態度のギル、珍しいな。
いくら私をかばうためっていったって、ここまで不機嫌にならなきゃいけない理由が、よくわからないんだけど……。
「ありがとうございます、リナリア姫様。やはりあなた様は、ギルフォード様がおっしゃっていた通りのお方のようですね。安心致しました」
「――え? ギルは……私を、なんて――?」
「はい。とてもお優しくて、純粋で、素直で、まっすぐで、可愛らしく……とにかく素敵なお方だと、聞いているこちらが恥ずかしくなって来てしまうほどに、常日頃から、べた褒めでいらっしゃいます」
「ウォルフ! 余計なことを言うなッ!」
またテーブルをドンと叩いて、ギルは顔を赤らめている。
「……申し訳ございません。ですが、事実しか申し上げてはおりませんが? ギルフォード様は、ご自慢でもなさるように――リナリア姫様のことを、いつものろけていらっしゃるではございませんか」
「――っ!……だからっ! それが余計なことだと言っているんだっ!」
ドンドンドンっ――と連続してテーブルを叩き、更に顔を真っ赤に染めて……。
ギルが……あのギルが……。
こんな子供みたいな怒り方、するなんて……。
「プ――ッ!」
堪らずに吹き出してしまった私を、ギルはギョッとしたように見つめる。それからだんだん、怒ってるんだか、泣き出しそうなんだか、よくわからない、微妙な顔になって……。
「リア! 何を笑っているんだい? 私は、そんなにおかしなことを言ったかな?」
「ち、ちが――っ、……べつに、おかしなことは言ってない、けど……。でも、なんか……なんだか……。っふ、ふふっ………あははははっ」
お腹を抱えて笑い続ける私を、ギルは(漫画だったら『ガーン!』って効果音書き足したいくらい)ショックを受けたような顔で、呆然と見つめていた。
ウォルフさんは――やっぱり表情は読めないけど――何故だか私には、優しく微笑んでいるように見えた。
ギルってば、つまりは……照れた上に、拗ねてるんだよね?
いつもは余裕たっぷりのギルが……子供みたいに、拗ねることがあるなんて。
要するに、それだけウォルフさんのことを、親しく感じてるってこと。『甘えられる関係』ってことなんでしょう?
……やっぱり、私にとってのセバスチャンと、似たような感じなのかな?
そう思ったら、なんだかギルとの距離が、一気に縮まったみたいに思えて来て……嬉しかったんだ。
同じような感覚を、分かち合えるのかも知れないって、ちょっぴり期待しちゃったの。
……笑ったりして、ごめんね?
苦い顔でこっちを見てるギルに、心の中で謝りながら……私は結構長い間、ケラケラと笑い続けていた。