第7話 醜い印
私は焦って目をそらし、どうやってごまかそうかと必死に考えた。
目にゴミが入って――なんてゆーのは、大掃除でもしてない限り、室内では厳しいし。
また『向こうの世界のこと思い出しちゃって』なんて言ったら、ギルを悲しませるだけだし……。
あああああっ、どーしよっ、どーしよーっ?
全ッ然、うまい言い訳が思いつかないよーーーーーッ!!
「リア。どうやってごまかそうかと、思案しているね?……隠そうとしても無駄だよ。君は、思っていることがすぐ顔に出るからね」
「そっ、……そんな……私、べつに……何も隠してなんか……」
「私の目を見て言ってくれないか? 目をそらせながら言われても、信じられないよ」
「う――っ」
私はどうにか頑張って、ギルを見返そうとした。
彼の目を真正面から見つめて、キッパリ言ってやろうと思った。『何もなかった』って。
……でも、ダメだった。
どーしても、彼と目を合わせられない。
目を合わせたとたん、全てを見透かされてしまいそうで、怖かった。
さっきあったことが、全部バレてしまいそうで……怖くて堪らなかった。
「リア……。やはり、何かあったんだね?」
ギルの暗い口調での問い掛けに、私は心臓をバクバクさせながら、思い切り首を横に振る。
「ないっ!! なんにもないよっ!」
「嘘だ。君は嘘をついている。――君の態度を見ていればわかる」
「嘘じゃないッ!! ホントに嘘じゃないってばッ!!」
「ならば何故、私から目をそらせるんだ!? 嘘偽りがないのなら、私の目を見て言えるはずだ!」
彼は、私の肩に置いた両手に力を込め、軽く揺さぶった。
私は両目をギュっとつむり、彼に納得してもらうためには、どうしたらいいのか、一心に考え続ける。
すると。
ふいに頭上から、
「……なんだ、これは……?」
抑揚のないつぶやきが聞こえ、首元に、冷たい感触が走った。
「え……?」
身をすくめたまま、そうっと顔を上げる。
彼は顔をこわばらせ、食い入るように、じっと一点を見つめていた。
瞬間。
何故だか、説明しがたい恐怖を感じ、私は息をのんだ。
「……ギ……、……ギル……?」
様子のおかしい彼を前にして、それだけ言うのがやっとだった。
冷たい指先で私の首元に触れると、彼は再び、暗い声でつぶやく。
「なんなんだ、これは……?」
「え? これ……って?」
「首元の青黒い痣はなんだと訊いているッ!!……これは、私が付けたものではない。私は、こんな醜い印など残したりはしない! ここまでひどい痕にならぬよう、いつも気を付けているつもりだ! それなのに……。なんなんだ、この――強く吸いついただけというような、醜い印は!?」
「醜い……印?……首、元――」
彼の言う『醜い印』がなんなのか。
それに思い至った時――全身の血が、一気に引いて行くような心地がした。
「君は……。私が眠っている間に、またフレディに会いに行っていたな!? 会いに行って、そして――こんな醜い印を付けられ、何食わぬ顔で、私の元へ戻って来たのか!? 君は――っ、……君はいったい、何を考えているんだッ!?」
両手首をつかまれ、強く引き寄せられる。
彼の顔が間近に迫り、思わず、顔を背けてしまった。
「何故目をそらす!? やましいことがないのなら、まっすぐ私の目を見ろ! そして、わかるように説明してくれ! この首元の印は、誰に付けられたッ!?」
「……そ……それは……。それは、あの……」
「私の目を見ろと言ったはずだッ!!」
手首を強く締め付けられ、痛みに顔がゆがむ。
反射的に見上げると、彼は激しい怒りの形相で私を睨み、ワナワナと体を震わせていた。
「違……っ!……違うの、これは――。これはっ」
「これは、なんだ!?……付けたのはフレディだな? そうなんだろうっ!? あいつ以外考えられない!」
「違うのギルっ! これは――っ」
「違う!? 違うだって!?――では誰だと言うんだ!? ウォルフか!? アセナか!? それとも……君のお気に入りの、シリルとでも言うつもりかッ!?」
「そっ、そんなワケないッ! シリルがそんなことするはずないじゃないッ! バカなこと言わないでッ!」
「だったら誰なんだッ!?――フレディでもない、ウォルフでもアセナでも、シリルでもない! 私の知らぬ間に、また新しい男が現れたとでも言うのか!?……ならば、今すぐその男を連れて来い! 私の手で殺してやるッ!!」
勢いで、つい――口走ってしまっただけだとは思うけど。
『殺してやる』なんていう、あまりにも物騒なセリフに、私は激しく動揺した。




