第4話 第二王子の乱心
私は必死に、両手でフレディの顔を押しやろうとした。
だけど、すぐにその手を引き離され、ベッドに押し付けられて、両手の自由を奪われてしまう。
彼は執拗に唇を押し当て、私の口中に、舌を挿入させようとしてくる。
それだけは許すまいと、私は頑として歯を食いしばり続けた。
唇を開かせるのを諦めたのか、離れた唇は、次に首筋へと移り、軽いキスを幾つも落とす。
私はいやいやをするみたいに、何度も首を横に振った。
「やめっ……てぇ――!……こんなの……っ、こんなのおかしいよッ!! 絶対おかしいよぉッ!!」
「おかしくたって構わないさ!! どうせ兄上は、僕のことを二度と許してはくださらない!……僕に向けられた、野生の獣が獲物をにらみつける時のような、殺気を含んだ視線。あの目を見ればわかる。いや。わかってしまった。……ずっと、気付かずにいたかった。兄上は僕を……本当は、ずっと憎み続けていらしたんだッ!」
声色から絶望を感じ取り、私はハッと目を見張った。
……気付いちゃったの、フレディ――?
ギルがずっと……心の底では、あなたを許せずにいたことを。
ずっと無理をして、良い兄を演じ続けていたことを。
捨て去りたくても、どうしても捨て去ることが出来ない憎しみに、囚われ続けていることを――。
「もう、お仕舞いだ……。もう、僕と兄上は、以前のようには戻れない。――全て。全て終わりなんだ。……だったら、いっそ……いっそ、何もかもぶち壊してやるッ!!」
唇を首元に押し当て、強く吸い上げると、彼は顔を上げ、
「ここに兄上が残した印に、おまえは気付いていたか? 気付いていて、わざと僕に見せつけたのか? それとも……兄上に、見せつけて来るようにとでも言われたか!?」
卑屈に笑って見下ろした後、彼はもう一度、同じところに吸いついた。
「――っ!……違っ、う……。そんな、こと……ギルは言わな――っ、んんっ」
繰り返し強く吸われ、痛みと、しびれるような感覚に、涙がにじんで来る。
「印を残されたのはここだけか?……きっと、他にもあるんだろう? 僕が一人で苦しんでいた時に、二人で睦み合っていたんだ。そうだよな!?……全て見つけ出して、兄上の付けた印の上から、僕の印を刻んでやる。兄上とおまえの絆を、僕が全て壊してやる! 覚悟するがいい!」
そう言うと、両手を私の首の後ろに差し入れ、彼はひとつひとつ、ボタンを上から外して行った。
両手が自由になった私は、拳を握って彼の肩を叩き、夢中で足をバタつかせて、その体から逃れようともがく。
「やめてッ!! やめてよフレディ、お願いだからぁッ!!」
彼は聞く耳を持たず、背中までボタンを外し終わると、襟元に両手を掛けた。
「やめてぇええッ!!――助けてっ、ギル!! ギルぅうううーーーーーッ!!」
思わず叫んだ瞬間。
ドアが勢いよく開き、聞き慣れた声が耳に飛び込む。
「リナリア様ッ!!」
「――っ! ウォルフさん! ウォルフさん、助けてッ!!」
彼はすぐさま状況を把握し、私達の元へと駆け寄ると、フレディの体をはがい締めにし、物凄い力で私から引き離した。
「フレデリック様ッ!! おやめください! ご自身が何をなさっているか、理解しておられるのですかッ!?」
「離せウォルフッ!! 僕にこんなことをして、ただで済むと思っているのかッ!?」
「畏れ多いことながら、そのお言葉、全てそのままお返し致します! リナリア様に、このような無慈悲なことをなさり――ただで済むとお思いかッ!?」
「――っ!」
ウォルフさんの大声での叱責に、雷に打たれたみたいに固まった後。
一気に体から力が抜けたように、フレディはガクリと肩を落としてうな垂れた。
「リナリア様!……申し訳ございません。私の判断が誤っておりました。フレデリック様のお心が不安定でいらっしゃると知りながら、あなた様をお一人にしてしまった私の罪です。どうかお許しください」
私の体を抱え起こし、ボタンを素早く留め直すと、彼は辛そうに目を細め、私の顔を覗き込んだ。
「……だ……だいじょう、ぶ……。な……なにも……なにもなかった、から……」
どうにかそこまで口にすると、緊張の糸が切れ、私の両目からは、涙が次々に溢れ出す。
「リナリア様……」
ウォルフさんは、そっと私を抱き寄せ、耳元に口を寄せて、悲しげにささやいた。
「申し訳ございません。……私はまた、リナリア様をお守りすることが出来ませんでした……」
穏やかな低い声に、私は心からホッとして――。
彼の胸に取りすがり、声を上げて泣いた。