第1話 フレディの部屋へ
もしかしてこの階って、ギルとウォルフさんとフレディと――って、三人の部屋しかないんだろうか?
……うん。たぶんそうなんだろうな。
そうでもなきゃ、私一人でフレディの部屋に行くこと、許してもらえてないと思うし……。
シンと静まり返った廊下を走っていると、自分の足音だけが、やたらと大きく聞こえて、ヒヤヒヤしてしまう。
でも、どこからも人が現れるような気配はないし、廊下はひたすら一直線だし。
人に見つかる心配も、迷子になる心配も、どっちもないのだとしたら。
これからも、ギルとフレディの部屋の行き来、結構気楽に出来るかも知れないなぁ……なんて思えて来る。
……まあ、この階だけなら、の話だけどね。
人の往来がないのは、こっちとしては助かるんだけど……考えてみれば不思議な話だ。
ギルが、生きるか死ぬかって状態(表向きは)の時に、フレディしか見舞いに来てないのも、異常だと思うし。
ギルが私と結婚すれば、次期国王はフレディになるんだとしても。
結婚が正式決定するまでは、彼が、この国の大切な後継者のはずなのに。
特に国王様!
自分の息子が襲われたってゆーのに、ちらっとも様子を見に来ないってのは、どーゆーことよ?
お父様見てれば、国王がどんなに重責で多忙かは、わかってるつもりだけど……。
でも、ちらっと顔見せるくらいなら、出来るはずじゃない? うちと違って、同じ城内に住んでるんだから。
……なのに、どーして来ないのよ?
ギルの話聞いた限りじゃあ、あんまり、親子関係はうまく行ってないのかな?――って気はするけど。
それにしたって、一度も様子見に来ないってのは……やっぱり、おかしいとしか思えないのよね。
ギルもウォルフさんも、そこら辺のことについては、特に気にしてる様子もないし。
だからますます、わからなくなるんだ……。
国王様は、ギルが心配じゃないのかな?
それとも、ギルの治癒能力を、絶対的な力だって信じ込んでて……危険な状態になんかなるワケない、って思ってるとか?
う~ん……。
でも、そうだったとしても、万が一ってこともあるじゃない?
そーゆーこと、少しも考えたりはしないのかな?
血の繋がった親子なら、たとえ、どんなに信じてたとしても、心配くらいはするものだと思うんだけどなぁ……。気になって仕方なくて、飛んで来ると思うんだけどなぁ……。
この国の国王様――ギルとフレディのお父様って、どんな人なんだろ?
彼らの話から受けた印象からすると、あんまり、頼りになるタイプではなさそうだけど……。
でも、アナベルさんに、恋敵を殺そう――とまで、思い詰めさせちゃう人なんだから、男性としての魅力はあるはず……だよね?
将来、義理のお父様になるかも知れない人だもん。嫌な人であって欲しくないんだけどなぁ……。
――なんてことを、つらつらと考えながら走っているうちに、フレディの部屋の前まで来ていた。
……フレディ、部屋にいるかな?
ノックしたら、出て来てくれるかな?
ちょっとドキドキしながら、数回ドアをノックした。
……あれ? 反応がない。
もしかして、どっか行っちゃってるのかな?
もう一度、少し強めにノックする。
……うぅむ。
やっぱり、部屋にはいないのか……。
でも、最後にもう一回だけ――。
拳を握り締め、更に強めにノックすると、
「うるさいッ!! しばらくは、誰も近寄るなと言ったはずだッ!!」
やっと反応が返って来て、少しホッとしながら声を掛けた。
「ごめんねフレディ! ちょっと、訊きたいことがあって――」
……シーン……。
――って、いやいや。『シーン』じゃないでしょ、『シーン』じゃっ!
今、確かにフレディの声がしたんだから、いないワケないのに無視されたっ?
「ちょっとフレディっ! お願いだから、無視しないでちゃんと話聞いてっ?」
私は中にいるはずのフレディに呼び掛けながら、ドンドンとドアを叩いた。
「ダメだッ!……もう、おまえには会えない。会っちゃいけないんだッ!!」
絞り出すような大声にビクッとして、私は少しの間、掛ける言葉も浮かばぬまま立ち尽くした。
我に返って、ドアに両手をつくと、彼を刺激しないように注意しながら、穏やかに話し掛ける。
「……フレディ? 会っちゃいけないって、どーしてそんなこと言うの?……もしかして、ギルが言ったこと気にしてる……?」
……もしかしなくても、そうか……。
ギルにあそこまで言われちゃったら、会おうって気に、なれるワケがないよね……。
「フレディ、大丈夫だよ! 今、ギルは眠っちゃってるから――私さえ黙ってれば、会ってたことなんてわからないよ! だからお願いっ、ここを開けて? さっさと話終わらせて、すぐ出て行くから!」
しばらく待ってみたけど、中からは何の返答もない。
やっぱりダメかと、諦めてドアから離れた瞬間。
ドアが数センチだけ開き――蒼白い顔のフレディが、チラリとだけ見えた。
「本当に……早く話を終わらせて、出て行くんだな?」
「うん!」
私が大きくうなずくと、彼はスッと目をそらし、
「少しだけ、だからな」
それだけ言って、大きくドアを開く。
「ありがとう、フレディ!」
お礼を言って中に入ると、彼は無言のままドアを閉めた。




