第14話 迷える子羊たち
ギルから、『キスマークを残すのは、浮気防止のため』みたいなことを伝えられ、傷付いた私は。
どうして信用してくれていないのかと、彼をなじった。
「違うんだ、リア。君のことは信じている。疑ってなどいないよ」
「嘘よッ!! 信じてたら、こんなことするワケないッ!!……ギルのバカっ! ひどいよっ! こんなのってひどすぎる――っ!」
目に涙を溜めながら、彼の胸をポカポカ叩く。
すかさず、私の両手首をつかんで動きを封じると、彼は真剣な眼差しで訴えた。
「本当だよ! 君を信じていない訳ではないんだ! 信じたいと思っている。……いや。信じている。信じているよ。しかし――」
「……しかし、なに? 『信じてる』と『信じたい』じゃ全然違うよ! ホントはどっちなの!? 私のこと信じてるの、信じてないのっ!?」
「信じている! 君のことは信じている! 本当だ!……だが、君に近付く男は信じられない。君は誰に対しても優しくて、無防備すぎるから――。そんな君に惹かれて、フレディのみならず、この先も、幾多の男達が近付いて来るだろう。そしてその中から、強引に君を奪おうとする者が、現れないとも限らない。それが怖い! 怖いんだ……!」
声を絞り出すようにして告げる彼に、愕然とする。
フレディのことだけじゃなく……現れてもいない、自分の想像上だけの男の人にまで、嫉妬してるってこと――?
そんな……。
そんなの、いくらなんでも考えすぎだよ!
前は、『君が大切にしている人、物、出来事――全てに嫉妬している』とかなんとか言ってたし……。
「ギル……。ねえ、ちょっと待って? どーしてそんな……どこにも居やしない存在に、怯えてなくちゃいけないの? そんなの、ただの取り越し苦労だし、考えるだけバカらしいよ」
第一、私がそんなにモテる人間だなんて、どーしたって思えない。
向こうの世界にいた頃だって、ただの一度も、『好き』だと告白されたことなんてなかった(晃人には初恋だとか言われたけど、あれは桜さんのことだったんだもんね)し、身近にいた異性なんて、晃人とお父さんくらいだったし……。
……うん。
どー考えても、ギルの思い過ごしだよ。
なんでギルは、私に関することだと、ここまで神経質になっちゃうんだろ?
「……ねえ、そんなに心配しなくても大丈夫だってば。私、ギルが思ってるほど、モテる子じゃないんだから」
刺激しないよう、なるべく穏やかに話し掛けてみる。
それでも、ギルは暗い声で、
「君は何もわかっていない。己のことを、過小評価しすぎている。君の笑顔が、君がまとう温かな空気が――どれほど人を惹き付けるか、少しも理解出来ていない。……だからこそ、よけい不安になるんだ。君は、これからも無意識に魅力を振りまいて……多くの人を虜にして行くだろう。それが、とても恐ろしいんだ」
「……ギル……」
ここまで来ると、ホントにもう……心底不安になって来る。
この人、大丈夫かな……?
小さな頃から、いろんなことがありすぎて、神経がすり減っちゃって……。
あらゆることに対して、過敏になりすぎちゃってるんじゃないだろうか?
ギルは、私のこと、過小評価しすぎだってゆーけど。
ギルの方こそ、私を過大評価しすぎてるんだよね……。
呆れるやら、困惑するやら心配やらで、私が絶句して固まってると、
「君はまた、大袈裟だと笑うんだろうね。……いや。笑うどころではなく、呆れているのかな?……こんなことばかり言っていたら、君の心は、私から離れて行ってしまうのかも知れないが……ダメなんだ。どうしても、不安で堪らなくなる。……私はきっと、自信がないんだろうな。君の心を繋ぎ止めておく自信がないから……こんなにも、いつも苦しい」
心細げなギルの声が、私の心を切なくさせる。
自信がないなんて……。
私は、『もう、あなたなしでは生きられない』って思っちゃうくらい、いつもいつも、あなたのことばかり考えてるのに。
……きっとこの人は、九歳の頃の自分と、今の自分と――二つの心を同時に抱えて、生きているんだろう。
目の前で母親を殺された。しかも、毒殺なんていう、ひどい方法で――。
その時の恐怖が、悲しさや辛さが……今もずっと残ってて、彼を蝕み続けているんだ。
だから、自分の前から誰かがいなくなることを、極端に恐れる。
恐れるから、束縛したくなる。
そうすると今度は、そのために、自分から気持ちが離れて行ってしまうんじゃないかって、不安になる。
そしてまた、恐怖に囚われて……ってことの繰り返し。悪循環になっちゃうんだ。
いったいどうすれば……彼を、この底なし沼みたいな心理状態から、救い出すことが出来るんだろう?
私に出来ることって、いったいなんなのかな……?
考えても考えても、良い答えなんて浮かんで来なかった。
どうしていいかわからなくて、私は手首をつかまれた状態のまま、彼の胸に顔を埋めた。
「……リア……」
彼は、そっと手首から手を離すと、私をひしと抱き締めた。
「リア、お願いだから呆れないでくれ。バカな男だと、思うだけならいくらでも構わないが……頼むから、私の元から去って行かないでくれ――!……いや。もしも、私に嫌気が差したとしても……カイルや、他の男に惹かれるというのなら、まだ耐えられるかも知れない。だが――!……頼む。フレディだけはやめてくれ。フレディだけは選ばないでくれ――っ!!」
「ギル……? いきなり、何を言い出すの? どーして、私がフレディに惹かれるなんて――」
「フレディはダメだ! フレディだけは許さないッ!! 君がもし、彼に惹かれるようなことがあったら……私はもう、正気ではいられなくなる――!!」
悲鳴のようにも聞こえる訴えに、胸が張り裂けそうだった。
堪らなく悲しくなって、彼の胸に取りすがり、私は宣言するように叫んだ。
「好きにならないッ!! 私が好きなのはギルだけッ!! ずっとずっと、ギルだけだよッ!!」
……ああ、神様……!
どうか、この人を救ってあげてください。
抜け出せない迷路を、さまよい続けているこの人に――光の道しるべを与えてあげてください。
そして私には、この人を守って行くだけの力を――強い心をお与えください。
お願い、神様……。
この人を――この人の心を守って――!
私達は、互いの心を重ね合わせるように、長い間抱き締め合い、ひとところにたたずんでいた。
凍える心を温め合うように……そうすることで、不安な気持ちを払拭することが出来るようにと、ひたすらに願いながら……。




