第12話 許すということ
ギルにキスされると。
瞬く間に甘い感覚に支配され、私は彼のキスを受け入れることだけに、夢中になってしまう。
ダメ。ダメ――!
……って、何度も思うのに。
どうしても、拒むことが出来ない。
キスを知る前は、容易に出来ていたはずのことが、どんどん出来なくなって行く。
私たちは、何度も顔の角度を変えては、繰り返し繰り返しキスをした。
その間、私は体から力が抜けてしまわないように、しがみつくようにして、彼の両腕をつかんでいるんだけど。
彼が与えてくれる快感も、感情も……全てが、うっとりしてしまうほど心地良くて。
彼が、私の体を両手でしっかりと支えてくれていなかったら、とっくに椅子から転がり落ちていたかもしれない。
しばらくしてから、ギルはそっと唇を離すと、熱を帯びた瞳で私を見据えた。
「……私に嘘をついた罰だよ」
艶っぽい声でささやいて、私の両腕をつかんで立ち上がらせ、ギュウっと抱き締める。
「キスが……罰、なの……?」
余韻に浸りながら訊ねると、彼はくすりと笑って、
「そうだよ。これからは、君が嘘をつくたびに――こうやって、キスをすることにしようか」
耳元でささやき、こめかみに唇を押し当てた。
「キスが罰……なんて、変なの……」
「そうかい? 私は変だとは思わないが……。では、どんな罰ならいい?」
「罰……なんて……、どんな罰だって、イヤに決まってるじゃない」
「フフッ。――そうかな? 私なら……君からのキスが罰であるなら、喜んで受け入れるよ?」
「……そんなこと、しません」
「――なんだ。それは残念」
彼はクスクス笑って、私の頭や額や頬に、キスの雨を降らす。
私は小さく縮こまり、彼からの罰を受け続けた。
勢いが弱まって来たところで、
「どー考えても、嘘ついた数より、罰の数の方が多いんですけど……?」
小声で抗議すると、またおかしそうに笑って、抱き締める手に力を込めた。
「今の分だけではないからね。……これまでだって、君は幾つも、私に嘘をついて来ただろう?」
「そっ、そんなはずない! 私、そこまで嘘つきじゃないもんっ。フレディのことにしたって、圧倒的に嘘が多いのはギルの方でしょっ?」
勢いで、余計なことまで言ってしまって、ハッと我に返る。
「あ……。ごめんなさい。私……」
慌てて謝ると、彼は更に強く抱き締めて来て、悲しそうにつぶやいた。
「いいんだよ。……君の言う通りだ」
「ギル……」
――バカ!
私ったら、また余計なこと……。
どーしてこう、何度も口をすべらせちゃうんだろ?
……やっぱり私、絶望的に、学習能力ないのかな……。
情けなくて、胸が痛んで……泣きそうになったけど、私は彼の背中に手を回し、ギュッと力いっぱい抱き締めると、
「でもっ!……私、ギルがフレディを許せないって気持ち……フレディには悪いけど、仕方ないことだと思う。だって、アナベルさんに、あんなひどいことされて……大切なお母様を奪われて。それでも笑って、二人のこと許せるとしたら、そっちの方がおかしいと思うもん。アナベルさんはともかく、フレディに罪はないって、頭ではわかってても……心では、そんなにうまく割り切れないよ。納得なんか出来っこない」
「……リア……」
「だから、ギルがフレディを許せなくても、見当違いな憎しみを抱いちゃってるとしても、私はあなたを責められない。……ううん。責めたくなんかない」
そこで私は、後ろに回した手にいっそう力を込めて抱き締め、
「だからね? だから……私が代わりに、フレディを許してもいい……?」
思い切って、ずっと考えていたことを告げた。
「代わりに……許す……?」
「うん。……ギルが許せないって気持ちはわかるの。でも……でもやっぱり、どー考えたって、フレディに罪はないでしょう? だから……ギルが許せない分、私が許してあげたいの。ギルの分まで――彼に罪がないことを理解して、今までと変わらないように接したい。……ね、ダメかな……?」
ギルの気持ちを考えると、口にするのは辛かったけど……。
私は勇気を振り絞り、恐る恐る訊ねた。
本当なら……ギルの恋人だったら、共に怒って、共に泣いて……ってゆーのが、当たり前なんだろうと思う。
彼の気持ちに寄り添って、一緒に彼らを憎むくらいの覚悟でなきゃ、良い恋人って言えないのかも知れない。
……でも。
一緒に、アナベルさんのことを怒ることは出来ても……泣くことは出来ても。
私には、フレディを憎むことなんて出来ない――!
たとえそれが、ギルの心を傷付けることになったとしても……恋人失格だって、思われちゃったとしても。
どーしても、それだけは出来そうにないから……。
「リア……」
彼は私の肩に両手を置き、ゆっくりと体から離した。
私はビクッと目をつむり……沈黙して、次の彼の言葉を待つ。
だけど、彼がくれたのは、言葉なんかじゃなくて――。
そっと私の頭を撫でてから、額に唇を押し当て、気持ちを行動で示すことだった。
「……ギル?」
そうっと片目を開けて見上げると、彼は泣きそうな顔で微笑しながら、優しい声でささやいた。
「ありがとう、リア。……君は本当に、最高の恋人だ」




